18話:孤独に別れを告げられない


2024-08-13 17:45:40
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 ――この日は、とても静かだった。
 落ちる日の光粒を眺め、特に何をするでもなく誰も居ない庭を静観するだけの時間を送っていた。時に昔のことに思いを馳せ、それがまるで現実であるかのような錯覚に陥りながらもそれに疑問を抱くことなく、考える余地もないほどの居心地の良さに胡座をかいていた。こればっかりは否定のしようがないだろう。

『……そんなところに立っていないで、入ったらどうだい?』

 シント君が再びこの家に足を踏み入れるその時までは、私は私が何者であるのかというのを理解していなかったのだ。


   ◇


 外に出たとき無意識に裏路地が気になってしまうのは、きっとその先に知り合いの家があるからで、それ以上でも以下でもないのだろうと思っていた。
 街の中を歩くことはあっても、あれ以来路地に行くなんていうことはしていない。行くなと言われたところに行くほど無鉄砲じゃないし、ひとりで行くなんてしたら多分怒られるどころじゃ済まないのだろうなということが何となく分かっているからだろう。
 だが、それでも広場に足を運んでしまっているのは、きっとまだ、自分がどれ程重大な事件の真相に近づこうとしているのかをしっかりと理解していないというのもあったからかも知れない。それとも、オレの知らないことがまだ沢山あるから無意識的に気になってしまっているからなのだろうか? どちらにしても、軽率な行動であることには変わりなかった。
 ……風に紛れた水の匂いが、酷く優しく、鬱陶しい。

『ねえカルト。シントがもう少し大きくなったら、大きな噴水のある場所に行ってみない?』

 この約十年の間、特に思い出すことの無かった両親のことを思い出しはじめている。

『そうだなあ……。もう少しっていうと後二、三年くらいか? いいよな、そういうの』

 それが良いことなのか悪いことなのか、今のオレにはまだ判断が出来ない。

『……そういうの経験したことないから、俺も色んなところ回ってみたいよ』

 言いながら空と一緒に飛沫を眺める父は、この時何を思っていたのだろうか? 生きていたならいつか起きていたであろう未来を、もしかしたら思い描いていたのだろうか?
 母の言ったもう少しというのは、恐らく悠に過ぎ去った。本当に、それくらいの時が経っていたのだ。誰の手も借りることなく立っていられるし、着替えだって当然出来る。買い物だってひとりで行くのは最早当たり前だし、店番は……どうだろう。分からないけど、とにかく沢山のことをひとりで出来るようになった。おじさん達の迷惑にはならないようにと、とにかく頑張ったのだ。それは、未来を切望していた当の本人達が何処にもいないということの現れでしかないのだが、それでもオレはやった。
 出来ることなら、この音だって煩わしいだなんて思いたくない。だって本当は、両親が好きだと言っていた噴水を純粋な目で見ていたいはずなのだ。オレは別に、それが街の噴水だろうがレズリーの家にある小さな噴水だろうが、なんだって構わない。少し遠くの、行ったことのない場所に行って見るそれは、果たしてどんなものなのだろう。ただの噴水も、見たい人と見れたのなら、やっぱりそれは特別なものになるのだろうか?
 オレには、それがまだよく分からない。そして同時に、こう思っている。
 何事もなく、父さんと母さんと再び噴水を見られることがあるとするなら、少しは理解が出来るのだろうかと。
 ここまで考えておきながら、一体何を思っているのかとオレは思わず頭をふった。もう叶うことのないただの願望であり我が儘は、どんなに考えたって意味がない。だからそれを口にすることは今までも無かったし、思うことも無かった。いや、そんなことを思う余裕すらオレには与えられてはいなかった。何もかもを忘れていたという前提の中で物事が進んでいたのだから、それは当然なのかもしれない。しかし、同時になんて薄情なのかとも思ってしまう。それが今はどうだ? 考えないようにすればするほど、思考は勝手に動いていく自分の浅はかな行動に嫌気がさしてしまいそうになるが、恐らくはもう手遅れだった。
 いつしかオレは、この噴水を単純に綺麗だと思える日が来るのだろうか? そんなことを、溢れ出る水を見ながら考えてしまっていたのが、恐らくは良くなかったんだと思う。

「……まただ」

 気付けばオレは、誰もいない街の中でまたしてもひとり佇んでいた。


   ◇


 この辺り一面に広がる静寂を、オレはよく知っている。一番最初、レズリーの家に来たときも確かこんな感じだった。ただひとつ違うのは、レズリーの声らしいものは一切聞こえてこなかったということ。それがどうしてか、オレの不安をより煽っていた。そうであるのに、まるで最初からそれが分かっていたかのようにして、体は勝手に動いていく。次第に足早となっていく自身の行動に、特別疑問を抱くことはなかった。
 この人の気配ひとつない混沌とした空間の中に、レズリーはずっと居たのだろうか? そもそも、ここは一体何なのだろう? どうしてレズリーは、こんなところにひとりで居るのだろうか?

「どうして、君が……?」

 その理由が分かる頃には、もしかすると全てを思い出し、拒んでいた何かを理解してしまっているのだろうか?

 ――じゃあ、おれとレズリーも友だちだね!

 そうなったら、今レズリーと会えているこの状況が、どれ程の意思の元に存在しているかということにも気付いてしまうのだろうか?

『……それは、随分と歳の離れた友達になってしまうね。いいのかな?』
『おれがいいからいいのっ!』

 今まではそれを分かりたくないというただのオレの我が儘と、都合よく覚えていない一部の記憶によって行動を起こすなんてことはしなかった。但し、今は少しだけ状況が違う。

「呼ばれはしなかったけど……」

 言葉にするのが難しく、思わず口を止めてしまう。僅かに視線を落とし、考えた先に見つけた答えは、さながら自分でもよく分からなかった。

「でも、レズリーが呼んだんでしょ?」

 それでもそうだという確信があったのは、レズリーの揺れる瞳を見れば容易に判断が出来た。

「違うの……?」

 そう口にして、一歩オレが足を踏み出そうとしたとき、僅かに靴先に何かが触れた。

「……っ、来ないでくれ!」

 レズリーの言葉に、反射的に体の動きが止まる。よく見ると、前はテーブルにあったティーカップもお菓子も今はそこには置いていない。代わりに、それら全ては無残にも草の上に散乱していた。オレの靴に触れたのは、その陶器の破片のひとつのだった。
 風にのって香る、僅かなレモンの匂いがオレの鼻を刺激する。これは確か、あれだ。母さんが好きだった、ティシーが作った蜂蜜に浸けたレモンの入っている紅茶の匂いだ。本来ならテーブルに置かれていたはずなのに、目的を果たすことの無かったそれらを見ると自然と眉は歪んでいった。

「私は――」

 私はもう、過去に恋い焦がれることはしたくない。
 そう口にしたレズリーの苦悶に満ちた表情を、オレはこの先忘れることはないだろう。

「……オレ、やっぱり知りたいんだと思う。じゃなきゃ、ひとりで来るなって言われた場所になんて来ないよ」

 オレが今この時にここに来ることをしなかったら、ということは、出来ることなら余り考えたくはない。でももしかしたら、こうなったのはオレがここに足を脚を踏み入れてしまったからなのかも知れないという一抹の不安もあった。もし仮にここに踏み入れることをしていなかったとしたら、どうなっていたのだろう? この息をしているのかさえも朧気にさせる静寂の中、レズリーは今この瞬間も、ずっとひとりでここに居ることになっていたのだろうか?
 ――それはやっぱり駄目だ。

「ねえレズリー。オレ、ちゃんと全部思い出すから」

 靡く風に後押しされるように、オレは言葉を続けていく。レズリーを視界から外すなんていうことは、もうしない。

「だから、そんな顔しないでよ」

 恐らくこれは、懇願に近かった。

「オレとお話しよう?」

 煩わしさを感じる髪の毛なんて到底気にならない程に、今のオレはレズリーにしか眼中がない。自然と差し出していたのは右手である。

『……ずっとだなんて、そんなこと言ってしまって大丈夫かい?』
『大丈夫だよー。えーっと、む、む……むせ、きにん? おれテキトーなこと言わないもんっ!』
『はは、そうか。それは失礼』

 あの時は確か、両手だった。

「……きみは、本当に変わらないね」

 僅かな微笑みを見せたレズリーだけど、それは記憶の中のレズリーとは全く違うものだ。でも、それが見えたのはほんの一瞬で、オレの腕はレズリーの手によって引っ張られた。

「きみの優しさは、私には勿体無い」

 それは本当に瞬間的で、オレが何か行動を起こす余裕すらなかった。レズリーの両腕にすっかり収まってしまうオレは、なんて小さいのだろう。こんなにも大きくなったというのに、まだ足りないとでも言うのだろうか?

「認識が甘かったんだ。私がもっと頑張っていれば、こうはならなかった」

 すがるようにして抱き締めてくるレズリーの力は、次第に強くなっていく。どうしてこんなにもこの人は苦しんでいるのかというのが分からないというのは、何とももどかしく、自分がいかに無力であるかというのが手に取るように分かる。

「こうやってきみが頑張る必要だって、無かったはずなんだ」

 だからこそ、その言葉にはどうしても違和感があった。

「……それは違うよ」

 だけど、そうだ。これくらいなら、何とか言葉に出来る。少し前のオレだったら到底口にはしていないだろうけど、今はちゃんと言わなければいけない。これくらいしか出来ないけど、ちゃんとレズリーの顔が見えるように、上を向いて言わなければならない。

「だって、友達が困ってたら誰だって何とかしたいって思うんでしょ?」

 そういう経験を、たかだた十数年しか生きていないようなオレはきっとまだしていない。でも多分、そういうことなのだと思う。というより、そうじゃなきゃ到底理解が出来ないのだ。

「父さんだって、きっとそうだったよ」

 最後のその言葉が一体何故出てきたのかもよく分からないまま、オレはレズリーの瞳を射抜く。
 思い出していないはずなのだけれど、でもオレがそうなのだからきっと父さんだってそうだった。カルト・クランディオという人物は、ここで友人を見捨てるような人じゃない。そうであって欲しい、という願望も恐らくはあっただろう。

「……それじゃあ私は、カルトにいくら感謝しても足りないね」

 本当に、足りないよ。そう力なく口にした声は、オレの頭に落ちることなく辺りを浸透していく。それを合図とするように木漏れ日に紛れた水滴を、オレは見逃すことをしなかった。


   ◇


『行っちゃやだよトール! 遊ぼうよ!』

 やけに光が目につく庭一面に、駄々をこねる少年の声が蔓延する。一体何が起こっているのかは容易に想像がついたけど、今回は少しだけ状況が違う。顔を上げればオレのすぐ側にレズリーがちゃんといるのが、不思議で仕方がなかった。
 少しだけ、見ていようか。小さな声でそう言ったかと思うと、僅かに腕の力が強まった。それ以上は何も言うでもなく、レズリーはじっと目をつむってしまう。

「私はちょっと用事が……」
「よーじ?」
「えっと……やらなければならないことがあって」
「おれと遊ぶの嫌なの?」
「いや、そういう訳では……」

 どうしてもオレの誘いを断りたい。そんな空気をトールから感じたが、幼いオレにそれを汲み取れというのは少々無茶が過ぎるというものだろう。

「子供の誘いを断るとか、あいつも罪だよな」

 その様子に口を開いたのは、テーブルから眺めている父さんだった。

「シント君、トールは身体を余り動かしたくないみたいだよ」
「ちょ、ちょっとまたそうやって適当なことを……」

 当時のレズリーが、からかうようにしてオレに助言をした。そう、あくまでも助言だ。

「そうなの? じゃあ、おれとお話ししよ!」
「……話、ですか?」
「昨日はねー、何があったかな……。あ! お母さんに絵本読んでもらったの!」
「はあ、そうですか……」
「おま……もうちょっと何かあるだろ」

 余りにも適当な受け答えに父さんに呆れられつつも、トールは尚オレから逃げることを止めなかった。しかしそれはここに来ればいつもの話だ。そして、この後に一体何が起こるのかをオレは知っている。

「トール行っちゃやだー!」
「ああちょっ……分かりましたから。引っ張らないでください」

 誰かが間に入らない限り、折れるのは大抵いつもトールのほうだ。
 トールの着ているスーツの裾に無理矢理手を持っていけば、当然トールの腰は低くなる。少し不貞腐れたオレを嗜めるように、トールの背が低くなる。仕方なくという声が聞こえてきそうだ。

「お前、以外と往生際悪いよな……。今日は諦めた方が楽だと思うけど」
「はは……」

 感情のこもっていない乾いた笑いを他所に、オレはトールを逃がさまいとしっかりと腕に抱きついた。今の俺だったら到底しないのではないかと思うくらいに強引な行動であるそれを簡単にやってのける幼い俺が、少しばかり羨ましい。
 その僅か数秒後、呼び鈴の音が鈍く庭に届いては広がった。

「あ、やっと来たのかな」
「……誰が?」
「すぐに分かるよ」

 音を聞いたティシーがレズリーに目配せをし、すぐさま何処かへ飛んでいってしまった。トールは相変わらず俺に捕まったままだ。悪戯に笑うレズリーを少し不振に思ったのか、父さんの眉毛がみるみるうちに中央に寄っていく。母さんもどこか不思議そうに、ティシーの帰りを待っていた。
 ほんの少ししてすぐ、地面を踏みしめる音が何処からともなく近づいてくる音が聞こえてきた。ティシーの足音と、それとどうやらもうひとりこちらに来るらしい。一定ではない地面を踏みしめる足音に、オレはどういうわけか息を殺した。
 この感じ、なんとなくだが憶えている。一体誰が来るのかと心なしかドキドキしたものだ。そこだけを切り取るのであれば、今も状況は同じと言っていいだろう。しかし、あの時と確実に違うことが一つだけ存在する。

「あ、あの――」
「いらっしゃい」

 それは、一体誰がここに来るのかというのを何となく理解していたということだ。
 家の影から顔を出したとある人物を見て、オレは恐らく無意識にその人物の名前を口にしていたことだろう。

「……なんだ、アルセーヌか」

 それは紛れもなく、父さんが口にした名前通りの人物だった。

「えっと、今日は何も聞いてないんですけど……」
「そうだったかな? まあでも、ただの茶会に特別説明はいらなと思ってね」
「他にも客人がいるならそう言ってくださいよ。私にだって心の準備が……」

 苦言を口にするアルセーヌをよそに、ごめんごめんと口にしながらレズリーは笑い飛ばした。

「あ、ある……せーぬ?」
「そうそう、アルセーヌ。シントはまだ会ったこと無かったっよな?」

 この口ぶりからするに、父さんはこの時既にアルセーヌにとの面識はあったらしい。
 言いにくそうにアルセーヌの名前の反復する幼いオレは、覚えるのを諦めたのかアルセーヌの元へと走っていく。あれだけ引き留めていたトールのことなんて、この時に限っては頭になかったのだろう。

「おれ、シントっていうの!」

 自分でも驚くほどに無垢な笑顔でそう口にしながら、小さなオレはアルセーヌと呼ばれた人物へと手を差し出した。

「よ、宜しく……」

 子供特有の圧に押されたのか、アルセーヌは心なしか嫌そうに手を差し向けていく。オレはその手を思いっきり掴み、空に投げ飛ばすような勢いで振り回し始めた。はた迷惑そうなアルセーヌとは違いとても楽しそうなオレの笑みは、正直見ていると眉間にしわが寄っていく。もしこれが、アルセーヌとオレが知り合いだったというのを知っている状態だったら、恐らくそんな顔にはならなかっただろう。
 だって裏路地で初めて会ったあの時……いや、正確には初めてではないのだが、初めてであるかのような顔をしていたのだ。その後も特に言及することもなく、あたかも最近知り合った市民と貴族というような素振りだったのだ。それがどうだ? 本当はずっと昔に会っていたとなったら状況は一変する。
 今この場所にアルセーヌが居たのなら、どうして言わなかったのかと問い詰めたくて仕方がなかったことだろう。しかし、それが出来ないというのが沸騰しかけていた俺の頭を、徐々にゆっくりと冷静にしていく。 ――思い返してみれば、引っかかる部分が全くなかったと言ったら嘘になるのだ。

「じゃあ、私はこれで……」
「トールもいるの! 座ってください!」
「……はい」

 まだ諦めていなかったらしいトールは、オレの制止がない間に再びどこかへ行こうと試みるも、子供の強い口調には勝てないようでかなり渋々とバルコニーの隅へ腰をかける。ここで椅子に座らないというのは執事である所以なのか、それともまだ諦めない心を持っているのかは分からない。困った顔を見るに、こうして引き留められるのは相当嫌だったのだろうか? だとしたら流石に申し訳ないのだが、今となってはどうすることも出来ないというのがなんとも心憂いというものだ。

 人の声が少し、また少しと徐々に小さくなっていく。それに連なるように、再び光の粒が段々と増えていくのがよく分かった。恐らく、この幻覚のようなモノが終わる合図なのだろう。
 オレは思わずレズリーの腕を掴み直してしまう。それに答えるように、ほんの僅かにレズリーから力が加わったようなそんな気がした。


   ◇


 静かに落ちてくる光に包まれた、ある晴れた日のこと。

「……なにか、気になることはあったかい?」

 オレの目に映っていた景観が途端に現実に引き戻されるのに、そう時間はかからなかった。
 頭の上から降りかかるレズリーの声は、紛れもなくオレ自身に向けてのものだった。オレは僅かに下をむき、考えるふりをする。

「アルセーヌとオレ、ずっと前に会ってたんだね」

 こんな話、一体誰に向けて言っているのかよく分からなかった。

「アルセーヌと会ったの、この前が初めてだと思ってたのに……そうじゃなかった」

 誰も居ない虚空に落ちた言葉は、誰も拾ってはくれない。

「言うタイミングなんていくらでも――」

 あった。そう口にしようと思ったのに、言葉が出てくることはなかった。確かにタイミングと忖度さえ計らなければ、言うこと自体は簡単だろう。
 しかし、オレとアルセーヌが裏路地で会った時から遡れば、そう簡単なことではなかったことかも知れないというのはある程度想像ができた。あの時点でオレが昔のことをろくに覚えていなかったのだから、タイミングもなにも存在しないも同義だろう。その後図書館で会ったときだって、オレに名前を聞いてきたくらいに初対面を徹底していた。あの口ぶりからするに、オレが思い出さない限りはずっと黙っているつもりだったんじゃないだろうか。
 アルセーヌもオレのことを忘れていたというのは、どちらかと言えば考えにくい。

『私はね、シント君。キミが知りたくないと思うのであれば、それはそれで構わないと思っているんだ』

 何故ならアルセーヌは、可能な限りのヒントをオレに提示していたはずなのだ。

「……俺が忘れてたのがいけなかったのかな」

 もはやこうなてしまっては、自分を責め立てる言葉しか出てこない。

「父さんと母さんのことだけじゃなくて、自分が思ってるよりも沢山のこと忘れてる」

 それは決して父さんと母さんのことと、アルセーヌのことだけというわけでは毛頭ない。
 レズリーの腕をほどき、何をするでもなく後ろを向く。間に流れた風は、オレとレズリーの間に存在する超えることの出来ない生と死の狭間を意味しているようで少し居心地が悪くなった。
 目が合ったのはこれがはじめてではないはずなのに、どういうわけか少し新鮮に感じてしまう。

「レズリーのことも、きっと沢山忘れてるよね?」

 それくらいの罪悪感が、オレのまわりを纏わっていた。

「……シントくんは、どうして過去の記憶が曖昧なのか考えたことはあるかな?」

 その言葉に、オレは僅かに首を傾げてしまう。確かにそう言われると、レズリーのいう部分をちゃんと考えたことはなかったかも知れない。
 幼い頃の記憶は余り覚えていない、あるいは朧気で明確には覚えていないというところまでは誰もが当てはまるだろう。アルセーヌのそれも、無理矢理結論づけるのならそれに当てはまるのかも知れないし、目の前に居るレズリーだってそうかもしれない。だが、そうではなく両親とどうやって時を過ごしたのかすら全く覚えていないとなると、話は大分違ってくるだろう。
 可能性のひとつとして、オレと両親の仲がかなり悪く思い出というほどのことを蓄積していなかったというのもあるにはあるが、流石にそれは疑いたくない。あんなものを見せられれば、それは余計だった。

『十二年前、彼……レズリーが行方不明とされた日。あの日、彼の家で、従者二人とたまたま訪れていた客人二人が殺害されるという事件が起きた』

 ――この事件があったとされた時、オレは一体どこに居たのだろうか?
 アルセーヌは、それを教えてくれたことはあっただろうか?
 ……これはあくまでも、もし過去の記憶がないということに何か大きな理由があるとするならばの話だ。

「オレ、父さんと母さんが死んだ時……もしかしてここに居た?」

 そんなことがあったとするならば、一体オレはその瞬間に何を感じ何を見たのだろうか?
 思わず、自然と疑問が口から零れてしまう。すると、レズリーの顔が途端に今までより一層真剣な面持ちに変化していく。そして僅かに視線をずらし、オレを視界から消した。

「私の口からは、言えないな」
「……どうして?」
「どうしてと言われると困ってしまうね」

 苦笑いを浮かべ肩をすくめるレズリーのすぐ側を、小さな光の粒が通っていく。それに目もくれることなく、レズリーはそのまま話を続けていった。

「今考えたことと、これまでに思ったこと。今からでもちゃんとアルセーヌに言ってみてごらん? 私なんかよりもずっと、彼はきみのことを考えて行動してくれるよ。私とじゃ駄目だ」

 そう言って見せたレズリーを、オレは視界から外すことはしなかった。

「なんで、そんなこと分かるの……?」
「そうだな……ただの勘かな」

 まともな返事を期待していたのに、レズリーはそれを切って落としていく。そこに何か、レズリーの口からは言い難い何かがあるのかも知れない。アルセーヌと話をしないといけないというのは、確かにその通りかもしれない。その道理は一応理解はできる。でもだからといって、レズリーの口からは何も聞けないというのはおかしな話ではないだろうか? そんなことをされてしまったら、一体何を隠しているのかと勘繰りたくて仕方がなくなってしまう。

 今までとは少し毛色が違う生ぬるい風が、髪の毛と一緒に頬に当たる。その時だった。
 オレの知らない何かの変化に気づいたかのように、レズリーが急にそっぽを向いた。レズリーが視界に入れているであろう方を見ても、既に見慣れてしまったやけに光の落ちる庭に隠れたように存在する、壊れた噴水以外には特に変わったところはない。

「……深淵が呼んでいる」

 風に負けそうなほどの、気を抜けば聞き逃してしまいそうな声量で、レズリーはそう口にした。

「深淵……?」

 レズリーから出てきた聞き馴染みのない言葉に疑問を提示するものの、レズリーは初めてオレを認識したかのようにオレを視界に入れ、その瞳をゆらつかせている。居たたまれなくなったオレは一歩足を踏み出そうとした。

「来ないでくれ……!」

 思わず踏みとどまった時の、草と砂利が鈍く擦れたような音が酷く耳についた。

「これ以上の慈悲を、私に向けないでくれ」

 木の葉を揺らめかせる程度の風にすらかき消されそうな声は、辛うじてだがオレの耳に届いていた。来るなと言われ止まっていた身体は動きたくて仕方がなくなっているようだが、それでもオレはあと数歩歩けば届くはずのレズリーのもとに行くことが出来なかった。
 僅かに、先ほどと似た生温い風のようなモノが足に触れた感覚が走った。もっと正確に言うのなら、それは風というよりも得体の知れない何かがすぐそこにいるような感覚だった。
 段々と、徐々にレズリーの周りに何かが集まっていくように、地面の草が何かに感化され靡いていく。気を抜くと何かに身体が持っていかれそうな、そんな空気が辺りに纏っているようだった。自然と地面を強く踏みしめその何かへ抵抗を加えていると、どこからか違和感のない身に覚えのある感覚に襲われた。それはやはり、足共から伝ってくるモノだった。
 恐る恐る、その原因であろうモノを視界に入れようとして、オレは思わず目を丸くした。

「な、なんで……?」

 左手首に巻かれているブレスレットから、黄みがかった白い光が零れていく。一粒のそれが地面に落ちた時、今までとは比べものにならない程の風が辺りを覆った。
 一体何が起こっているのか、両目を開いていることもままならずオレは思わず自身の腕で風を防いだ。この光が何かの引き金になったのか、それとも別の要因だったのかはよく分からないがこのブレスレットから漏れた光によって起きたと言われてしまえば、否定なんて出来ないだろう。

「……え?」

 ゆっくりと、少しずつ姿を現してく、何かの正体。レズリーの周りを卑しく包む、黒い何か。そしてそれは、僅かではあるものの確かにオレの足下にも存在していた。
 それは光の粒なんていうモノとはほど遠く、かなり小さな粒子と言った方が分かりやすいくらいに細かく、今のオレが持っている記憶だけで言うのなら見たことがない事象だった。恐らくはそれが、さっきオレが感じた得体の知れない何かなのだろう。そしてこれもあくまで憶測に過ぎないのだが、レズリーが口にしたとある単語が自然とオレの脳裏に過っていく。

『――深淵が呼んでいる』

 黒と紫で形成された靄のようなモノが、この庭に蔓延していたのだ。


   ◇


 それは必ずしも純粋な黒ではなく、どこか紫色が含んでいるように見えた。足下でおぼつくそれらは、地面の色が見えないくらいよ層を形成させていた。ただ単に波打っているだけと言えば害こそはないように聞こえるが、どういうわけかオレの方が異端であるような気持ちにしてくるのだから、それだけ居心地を悪くさせてくるものだったのだろう。その証拠というわけではないが、思わず右手で触れたブレスレットからは、依然として光の粒を落とし続けているのが見て取れた。
 レズリーの周りには、黒く淀んだ沢山の粒子が足元だけではなく纏わりついている。渦中にいるレズリーは、すぐ側にあるテーブルに右手をつきその身体を預けている。眉を歪め、余った手で頭を抱えるようにしているその様を、オレはただただ視界に入れているだけで精一杯だった。
 徐々に色濃くなっていく黒い靄の中、苦しそうに息を吐いたレズリーが腕をひとつ振りかざした。たったそれだけの仕草だったはずなのに、どういうわけか取り巻いていた靄が綺麗に上下に切れた。それはレズリーの顔がはっきりと見えるほどだった。

「頼むよカルト……」

 まるでこの場に居ない人物へと懇願するかのように、どういうわけか父さんの名前を口にする。

「わ……え、ちょっ……!」

 すると、左腕に巻き付いて離れないブレスレットが一瞬で光りに満ちあふれていった。目が開けられないほどの光に呑まれたのはほんの数秒のことで、気づけば光は落ち着きながらも僅かに光の粒を落とし続けており、オレの周りにあった黒い粒の数々は既にどこかへと消えて無くなっていた。
 ……この感覚は、既に経験をしたことがあるものに近かった。驚きはしたが、動揺とまではいかなかったのがまだ救いだったかもしれない。
 しかし、そうはいってもレズリーの周りには依然としてそれらは漂っていた。幾分かはマシになったようにも感じるが、それも微々たる差でしかないだろう。

(ど、どうしたらいいんだろう……)

 次第に、何かしなければならないと焦りが募り始めていく。
 どうしたら、レズリーの周りからあれを無くすことが出来るのだろう?
 どうしたら、レズリーがあんな顔をせずに済むのだろう?
 どうしたら、レズリーの役に立てるだろう?
 ……もしオレが貴族だったら、この状況をなんとかすることが出来たのだろうか? そのイフの思考は、この状況ではなんの役にも立ちやしない。それを証明するかのように、後ろから草を踏みしめる音が聞こえてきた。一体いつからそこに居たのか、気付けば家の影を越えてこちらへと向かってくる足音がする。オレはすぐさま後ろを振り向いた。

「君、ひとりでここに来るなとアルセーヌから言われなかったのかな? まあ、この際それはどうでもいいんだけれど……」

 聞き馴染みのない声と、身に覚えのない容姿。淡々と言葉を投げながら近づいてくる男は、オレが今日初めて出会った人物だ。

「ああそうか。一応、こうして会うのは始めてということになっているね」

 否、本当のところはそうではないらしいということは、この男の口ぶりで比較的早く理解が出来た。

「図書館館長のクレイヴだ。名前くらいは覚えておいてくれ」

 それだけを口にすると、自身をクレイヴと名乗った人物は光を右手に集約させ、それを元に何かを形成しはじめる。図書館館長といえば、街一番の権力を持つと言われている貴族であるとされている人物で、オレでも知っている常識のうちのひとつだ。
 思い描いてみれば、今まで貴族の力……もとい魔法というのをちゃんと目にしたことがなかったオレにとって、その光景は目を見張るものでしかなかった。形を取り繕い始めているそれは、男の手に馴染むように空の上で徐々に現実へと写し出されていく。
 思わず目を見張ってしまったのは、その光景が到底現実では見ることの出来ない形象であるというのは勿論なのだが、市民ではまず見ることの出来ないはじめて目にするとある武器が目に飛び込んできたのだ。グリップを掌でしっかりと持ち、貴族のレズリーへと向けたそれは拳銃だった。

「な、何するの……?」

 今にも撃ち放たれそうなそれに居たたまれなくなったオレが思わずそう口にすると、男は視線だけをオレに向けた。

「彼が心配?」

 男はオレの問いに答えることをせずに、更に疑問を上乗せしてくる。本当はその答えなんてすんなりと言えるはずなのに思わず言葉に詰まっていると、男は僅かな笑みを乗せはじめた。

「それなら、少しやり方を考えないといけないな」

 一体何に向けての言葉なのか、それだけ口にすると銃口を地面に向けて数発何かを撃ち放していく。しかしそれは、オレの想像するいわゆる銃弾が放たれたわけではなかった。

「今から起こることを、ちゃんと見ておきなさい」

 庭に蔓延している黒い靄の上に落ちたのは、銃弾ではなく光の粒だ。その光は地面に落ちたと同時にはじけ飛び、靄を上書きしはじめていく。しかしそれは、靄が光によって蒸発したとかはじけ飛んだと言うよりかは、融合したという方がしっくりとくる程に森閑と行われた。

「今後、何かの役に立つときが来るかも知れないからね」

 男がその一言添えた、すぐのことだ。腕と共に銃口を空に掲げ、またしても数発天に光を放っていく。先ほどよりも幾分か大きく見える光は、どこかの段階で弾け粒子となり、まるで最初からそこに存在していたかのように降り始めていく。その様子は、季節外れの雪を思わせるくらいにしんしんと、そして確実に地面へと降り注いでいった。
 その形象に、オレは思わず手のひらの上に光が降ってくるのを待った。恐らくは手に触れたのだろう数粒は、更に無数の粒子となり指の間をすり抜けていく。はらはらと落ちていくたびに黒く淀んでいた庭が、オレの知っている景観へと徐々に変化していく。レズリーの周りを執拗になめ回していた黒い靄も、その限りでへはなかった。
 靄が少しずつ消滅していくのが分かったのか、レズリーは鉛でも入っているようにそのまま椅子にへたり込んだ。その様子を見て思わず近づこうとしたのだが、それは叶わない。側に居る男に腕を掴まれたのだ。それが行ってはいけないという意思表示であるということをすぐに理解したオレは、それ以上足を動かすことをしなかった。

「……クレイヴに助けられるなんて、思っていなかったな」
「貴方には正気でいてもらわなければ困りますからね。それ以外の理由はありません」

 まるで台本でもあるのではないかと思ってしまうくらいに淡々と、そして静かにクレイヴという人物は言葉を落としていく。その先には、もう深淵と呼ばれるものは存在しない。

「すっかりと大人になったね」
「十年も経てば、ですよ」
「……なんの用かな? まさか遊びに来たわけでもないだろうに」
「今のこの状況下の中、一度くらいは会っておかないとと思いまして」

 そう口にしたクレイヴは一瞬だけオレを視界の隅に置いたかと思うと、すぐにレズリーの元に戻された。その表情からは、一体何を考えているのかを汲み取るのはオレには難しい。ゆっくりと、右腕にかかっていた圧力が解けていった。

「レズリー・スヴァン殿。貴方に幾つかお聞ききしたいことがある」

 クレイヴのピシャリとした口調によって、今までのどこか夢見心地であった心持ちがより一層現実に引き戻されていくような感覚が走った。

「貴方、どうして今になって現れたんですか?」
「……私は知らないよ。気づいたらここにいたんだ」
「それは信じていいんですか?」
「君に任せようかな」

 果たしてどこにレズリーの真意があるのか、到底まともな答えとは言いがたい返事しか返ってくる気配がない。オレと話している時よりもどこか投げやりのような気がした。取り合う気はないということなのだろうか?

「……それならもう一つ。この空間が今も保たれているのは何故ですか?」
「私が居るから。ということ以上に答えられる術が今のところないね」
「そうですか。ならこの話は辞めることにします」

 レズリーのその姿勢を見てなのか、それとも考えが一致しているのか、クレイヴは全ての質問において深く掘り下げるようなことはしない。

「……本当に聞きたいこと、それじゃないんだろう? 遠慮しないで言ってごらんよ」

 そして更に、核心を突いてこないクレイヴをたき付けるようにレズリーはわざと言葉を選んでいく。クレイヴの小さなため息が、果たしてレズリーの元に届いたのかは分からない。

「ここで起きた事件の犯人を、ご存じなんですよね?」

 今までの質問なんてただの茶番であるかのように、ここに来る貴族の誰もが知りたがっているであろう疑問を、クレイヴはすぐさま口にした。

「……その根拠は?」
「無いに等しいですが、それだと貴方がここにいる理由が付きません」

 レズリーは、その根拠のない証拠と理由に肯定も否定もしなかった。

「出来れば私は、その答えを貴方の口から聞きたいんですけどね?」
「それは出来ないな」
「……どうしてですか?」
「内緒」

 何も言いたがらないレズリーに呆れることもせず、クレイヴはじっとレズリーのことを視界に入れて離さない。何かを聞き出しているというよりは、レズリーの仕草や様子、口調から何かを視ているような、そんな感じに近かったのかも知れない。

「それなら、最後に一つだけ」

 そうじゃなければ、ここまでクレイヴが引き下がることもないだろう。

「これまでの発言、全て信じて問題ないですか?」
「……それはどういう意味かな?」
「言葉の通りですよ。むやみやたらに人を疑いたくはないのでね」

 レズリーがクレイヴの言葉に疑問を提示したのはこれがはじめてではないが、その中でも特に、クレイヴの言葉に引っ掛かりがあったらしかった。

「貴方が私の思うレズリーという人物であるのなら、これまでの言葉は信用します。ただ、そうもいかない状況にある」

 今まではただ単にレズリーに質問を投げ、その際の動向を伺っているだけのようだったのに、どうやらそれがようやく収束したらしい。

「最近になって、どうもこの街をうろつく煩わしい存在が活発化しているようでね。恐らくは、貴方が丁度ここに存在し始めた頃のことでしょうか。ああそう言えば、路地裏で通り魔事件が起き始めたのも、確かそのくらいの時期でしたね」
「通り魔……?」

 この口ぶりからするに、レズリーは今の街の状況をそこまで知らないのだろう。

「通り魔事件が起き始めたのは、貴方がここに現れたであろう数週間前。我々が懸念しているそれが本格的に力をつけ始めたのは、恐らく――」

 まるで考えているフリのように、一呼吸置く。

「貴方が、彼にブレスレットを渡した直後ですね」

 クレイヴがそう口にした時、一瞬にして自分の血の気が引いていくのがよく分かった。
 オレは思わず、左手首に巻き付いているブレスレットを目だけ動かして視界に入れる。この人物が言う時系列が正しいとするなら、少なからず原因のひとつとしてこのブレスレットが関わっているということなのだろうか?
 だとしたら、原因はオレにもあるのではないか? そんな疑念が頭にこびりついて離れそうになる。そうじゃない可能性だって確かにあるが、心臓をそのまま掴まれているような気分だった。

「……気づいたらここにいた。というのは、少し語弊があった」

 まるで独り言であるかのように、誰にいうでもなくレズリーは口を開き始めた。

「恐らくは、私は最初からここにはいたよ。でも、気づけなかった」

 その間、レズリーの視線はずっと下を向いたまま、地面に向けて言葉を落としはじめていく。

「誰も来ないという夢を見ていたんだと、私は思っていたんだ」

 髪の毛の隙間から見える非力な笑みが、どういうわけかオレの心を絞めた。出来ればそんな顔は見たくないのに、今のオレにはそれをどうにかする術を持ち合わせていない。
 これから先、レズリーがそうなる理由を知ることが出来るのだろうか? ……否、恐らくは知らないといけないはずだ。

「シント君」

 オレを呼ぶ声は、いつものそれと全く同じモノで思わずはっとした。
 そう思うくらいには、レズリーはオレの見えない記憶の中でオレの名前を呼んでいたのだろう。しかしその明確な状況をまだそんなに思い描くことが出来ないというのが、なんとも矛盾していて心地が悪い。

「帰ったら、ちゃんとアルセーヌに言うんだよ? それ以外のことは、この人が懇切丁寧に教えてくれるはずだから」
「……まあ、一応そのつもりではいますけど」

 釘を刺されたクレイヴは、まるでやるつもりだったことを第三者に指摘された時のそれのように嫌々答えを示した。
 レズリーがふといつもの笑みを零したかと思うと、途端に風が吹き荒れる。それに合わせるように、レズリーの身体が光の粒へと変化し、あっという間に姿を消していった。
 ゆっくりと靡く髪の毛が、目の前を泳ぐ。それが、どういうわけかいつにも増して酷く邪魔に感じた。

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