08話:蔓延る矛盾


2024-08-13 00:08:12
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「……ここかい? キミが来たという場所は」
「た、多分……」
「確かに、同じ場所とは思えない程に綺麗だね」

 辺りを見回すと、さっきとは景観が全く違うのがよく分かる。綺麗に整備された庭が、そこにはちゃんとあったのだ。心なしか、零れる陽の光も明るくなったような、そんな気さえも感じる。さあっと流れる風が、オレとアルセーヌの間をすり抜ける。それはまるで、誰かがここに来る合図のようだった。
 段々と険しくなっていくアルセーヌの表情が、一体何を意味しているのかなんていうのは、オレには分からない。ただ、これから起こるであろう出来事を考えると、自然とオレの顔は歪んでいった。
 風が止まる。僅かに香る草の香りだけが、唯一、さっきまでいた場所と同じだと感じるほどに、空気は一変した。正門の方からではない、どこか別の場所から草を踏む音がする。それを放っているのはオレでもアルセーヌでもない。明らかに、ここにはいない誰かが近づいてくる音だったが、その正体を探るなんてことをする前に、それが何を意味しているのかを理解することは容易だった。

「……やあ」

 見覚えのある人物が、視界に入る。それは、あの時と同じ人物……紛れもなくレズリーだった。

「また来てくれたんだね、嬉しいな。それに……」

 レズリーの目線は、アルセーヌへと向けられた。

「まさかアルセーヌが来るとは思わなかったな。あれ以来、ここに来るなんてことは殆どしなかったのに」
「……お久しぶりです。すみませんね、中々顔を出すことが出来なくて」
「そういうの、ちゃんと言えるようになったんだね? ……それより、折角来てくれたんだからお茶でもどうかな? クッキーが多くてね。どうしても、私一人じゃ食べきれないんだ」

 まるで、そこにちゃんと存在しているかのように、当たり前に喋るレズリーと、それに物怖じしないアルセーヌ。もしかして、レズリーがもうこの世にはいないなんていうのが嘘なんじゃないか。そう思う程に、違和感がなかった。

「立ち話もなんだし、座ってよ」

 にこりと笑うレズリーだけど……どうしてだろう。何となく、あの時とは違う雰囲気が漂っている気がする。答えに困ったオレは、アルセーヌを視界に入れた。

「……そうですね。そうしましょうか」

 言い終わると、レズリーは満足した様子でオレらに背を向ける。その先にあるのは、この前オレが招かれた所と同じ。庭に置かれたテーブルとイス。そして、さっきまではなかったはずの、既に準備されているお茶とお菓子。
 レズリーがそのテーブルへと向かう時、オレらから目を離したその一瞬、アルセーヌはオレにこう耳打ちをした。

『私が相手をするから、キミは出来るだけ黙っていなさい』

 それだけ言って、アルセーヌはさっさと歩いていってしまう。相手が貴族だから、みたいな理由だったらいいんだけど、それとは違う何かが原因のような気がするのは、きっと、オレの気にしすぎなどではないだろう。……まあ、後で何か言われても嫌だし、取りあえず言うとおりにしておこう。
 オレは、アルセーヌにならってテーブルまで足を運び、空いている椅子へと座る。それは、あの時と同じ席。違うところがあるとするなら、右隣にアルセーヌがいるということだけ。ただ、それだけだった。

「アルセーヌにまで会えるとは思ってなかったな……。あれからどれくらい経つんだっけ?」
「……十年程になりますね」
「十年? 通りで……」

 レズリーの言葉が途中で止まり、何か思いふけるような様子を見せる。その隙間を縫うようにして、風が流れていくのを感じた。

「ねえ、アルセーヌはどうして今日ここに来たんだい?」
「……別に、ただの気まぐれですよ」
「そんな理由で、こんなところまで来るような人だったっけ?」
「私だって、そういう時くらいはありますからね」
「ふうん……」

 そこからは、レズリーとアルセーヌの他愛のない会話が何回か続いた。というよりは、そうなるようにアルセーヌが意図的に返事をしているようにも見えた。合間に流れる涼やかな風が、どうしてか背中に張り付くような感覚に苛まれる。それは、オレに一層の居心地の悪さを与えた。
 流れる風によって、会話が遮られる。その風を切ったのは、アルセーヌだった。

「……そういえば、彼にブレスレットをあげたそうじゃないですか」
「ああ……彼から聞いたんだ?それがどうかした?」
「渡しただけなら、別にどうでもいいんですけどね。それ、どうやら魔法が宿っているようじゃないですか。一体、どういうおつもりですか?」
「どういうつもりも何も、それは元々彼のものだから。……ねえ?」

 そう言うと、レズリーの視線はオレに向か。別に悪いことなんてしてないけど、少しの警戒心が、オレの心に存在していたためか、心臓が跳ね上がるのを感じる。その理由がなんなのか、今のオレにはまだ分からないけど。余りいい感情ではないということだけは、確かだった。

「オ、オレは全然記憶にないんだけど……」
「それは嘘だよ」

 レズリーの口調が、少しだけ強くなる。有無を言わせないようなそのはっきりとした肯定と、それに合わせて鋭くなった気がした瞳に、視線を外すことができなかった。

「だってそうじゃなかったら、きみがここに来る意味も、アルセーヌがここに来た意味も、何処にも存在しないはずだ」

 どうしてか、どこか威圧的に感じるそのレズリーの様子は、『オレが最初に出会った時のそれ』とは明らかに全く別のものだった。

「……忘れているんじゃなくて、思い出したくないんじゃないのかい?」

 忘れている? どうしてこの人はそう言い切るのか。やっぱり、オレの知らない何かを知っているのか? それに、さっきレズリーが言っていた、「きみがここに来る意味も、アルセーヌがここにいる意味も、何処にも存在しない」という言葉がどうにも引っかかる。
 ということは、だ。アルセーヌも、なにか知っているんじゃないのか? だから今日、オレとたまたま鉢合わせたかのように装って、ここに足を運んだ? 考えれば考えるほど渦巻いていく疑念が、オレにまとわりついた。

「……そう威圧的では、答えられるものも答えられないとは思いませんか?」
「ああ……そんな風に見えたかな?ごめんね、また来てくれるとは思ってなかったから、つい」

 そう思えば思う程、当たり前のように話をしている目の前にいるこの人たち、貴族という存在のやっていることが、何一つとして理解が出来なかった。


   ◇


『ねえレズリー、噴水は直さないの?』

 ……どこかから、また誰かの声が聞こえてくる。

『ああ……直すのに少し時間がかかるみたいだから、そのままになってるんだ』
『そうなの……』

 あの時、ここに来る前に広場の噴水のところで聞こえた女の人の声。それと全く同じものだ。それともうひとり、恐らくこの声はレズリーだろう。薄暗いもやが段々と晴れていくように、ふたりのいる場所が次第に鮮明に見えてくる。

『噴水、好きなの?』
『好き、というか……』

 そして、この前よりもはっきりと見えた景観は。そこは、明らかに今オレがいる、このレズリーの庭だ。ふたりは、整備された庭に似つかない廃れた噴水のそばで、談笑しているようだった。

『噴水なら広場にもあるんだし、なんだったらカルトと行ったらいいんじゃないかな?』
『おいおい、俺が何処にも連れて行ってないみたいな言い方止めろよなー』

 それらに交じって、明らかにそのふたりではない声が、どこかから聞こえてくる。多分、カルトと呼ばれた人物の声だろう。テーブルのほう、椅子に座って苦笑いを浮かべながら、ティーカップを手にしている。その様子は、何処か様になっているように見えた。

「ですが、彼は市民ですよ? 使う使わないは置いておいて、魔力が込められているものを持っているというのに、我々が見過ごすわけにはいかないと思いませんか?」
「市民、ねえ……」

 現実と、そうじゃないものが混ざる。アルセーヌの声がするということだけが、辛うじて俺がちゃんと現実にいるということの証明だったけど、頭の中にある何かと現実、全てがぐちゃぐちゃになっていく。そうなった先にあるもの。俺の頭の中をかき乱すのは、一体誰だ?

「その市民と貴族とかいう肩書に、一体なんの意味があるっていうの?」

 その正体は……。

『ふんすい、うごかないの?』
『そうだね。……動いてるところ、みたい?』
『うんっ』

 カルトと呼ばれは男のすぐそばにいた、小さい男の子。いや、小さい男の子という表現は余り望ましくないかも知れない。

『じゃあ、皆の……いや、シエルとシントの為に、近いうちに直しておかないとね』
『おい、俺は無視か?』
『だって、カルトは見たくないみたいだから』
『んー……まあ、お前の家の噴水がどうだろうと別に興味はないわ』

 それは明らかに、幼い頃のオレだったのだ。

「……そういうことじゃないでしょう」

 アルセーヌの声が、夢見心地だった俺の意識をはっきりとさせた。その声は、苛立ちに似た何かが上乗せされているようだった。

「貴方、魔法を使うということがどういうことか分かっていない訳じゃないですよね?」
「……さっきからアルセーヌはおかしなことばかり言うね」

 終始気だるそうに受け答えをするレズリーだったけど、アルセーヌにゆっくりと微笑み返すその姿からは、狂気のような何かが見え隠れしているのが、オレですらも分かる。あの時、ここに来た時のレズリーと、さっき見たいつかのレズリーからは考えられないもの。もっと言うなら、見た目だけが同じの、中身は別人なのではないかとさえ感じるものだった。

「然るべき人間に返すものを返した。ただそれだけなのに怒られてしまうだなんて、たまったもんじゃないね」

 一貫して、レズリーは「ブレスレットを然るべき人間に返しただけ」と主張している。何かを言いたげに、眉をひそめたアルセーヌだったが、その何かを言うことはしなかった。
 ふと、庭の壁の近くに置かれている噴水が目に入れる。そういえば、この中で唯一あの噴水だけが汚れている。整備がされていないようだけど、それはつまり、結局噴水は直らなかったということなのだろうか?

「……噴水が気になる?」

 声をかけてきたのは、他でもないレズリーだ。

「あ、いや……。噴水だけやけに汚れてるから……」
「ああ……昔はちゃんと動いていたんだけどね。整備が行き届かなくて、今は動いていないんだ」

 その言葉、聞いたことのあるようなそれを合図に、また何かの一場面がオレの頭を過った。

『君達が見たいって言うから、ちゃんと直しておいたんだ』
『マジで直したのかよ?なんか悪いな……』
『噴水を直しただけでそんな顔されてもな……。それに、見たいと思ってくれる人の為に動いた方が、噴水だって幸せだよ』

 噴水の近くには、シエルと呼ばれた人と子供の頃のオレがいる。つまり、側にいるシエルと呼ばれた女の人と、カルトと呼ばれた男の人。ふたりは、オレの父さんと母さんなのか? 何かを喋っているその様子は、とても楽しそうではあったけど……。沢山の疑問が、オレの周りを駆け巡る。
 忘れていた家族の記憶。それが例えば、一部分だけ抜け落ちていたとか、余りにも昔のことだったからということで片付けられるのならそれでいい。普通に考えれば、そう思うのが常なのだろう。でも、本当にそうなのだろうか? こんな、何処にでもありそうな日常の出来事なら、いくら昔のこととは言え、ひとつやふたつ覚えていてもいいんじゃないか? それ以前に、記憶はおろか、父さんと母さんがどんな人だったのかすらも覚えていない。どうして、何も覚えていないんだ?

「……シント君?」
「え、あ……なに?」
「いや……」

 アルセーヌに名前を呼ばれ、一瞬にして現実に引き戻される。オレを見るアルセーヌの顔は、確かにオレを心配しているような様子だったけど、それとは違う、何か違う感情がそこに存在しているようにも見えた。
 断片的な記憶のようなもを振りほどくようにして、徐に席を立つ。足は、自然と噴水のほうに向かっていた。さっきの、断片的な記憶のようなもの。それによると、どうやら噴水は直したみたいだけれど、どうしてここにあるそれは、廃れたままなのだろうか今、オレがいるこの場所が、レズリーがいなくなる前の状態だったとするなら、噴水はちゃんと直っているんじゃないのか?
 どうして、噴水だけ何事もなかったかのように壊れたままなんだ?

「……あのさ」

 ほんの少しの沈黙が、静かにオレの口を動かした。

「オレって、前にこの屋敷に来たことあるの……?」
「……どうして、そう思うの?」
「いや……何となく」

 もしオレが、本当にここに来たことあるのなら。さっきからオレの頭に蔓延る断片的なものが、過去の記憶として当てはまるのかも知れない。だけど。

『おいおい、あんま近づくと濡れるじゃんか。程々にしておけって』

 なんだ?

『だってあなた、こんなにも綺麗じゃない』

 なんなんだ?

『ほら、シントも触ってごらん?』

 知りたくないって言ってるのに。
 なんてことない、ただの日常の記憶なのかも知れない。だけど、どうしてオレの意思に関係なく思い出さなきゃいけないんだ?どうして……。どうしてオレは、こんなにも過去のことを思い出したくないだなんて思うんだ?
 そういえば、最初からそうだ。噴水で女の人の声を聞いた時も、変な空間を経てここに来た時も、ブレスレットに魔法が込められていると言って、アルセーヌに出会った時も。どうしてか、オレは何も知らないと、何も知りたくないと完全に拒絶をした。考えることを放棄した。もしそれが全部、オレの知らない過去に関係していることだからだとしたら? そうだとするなら、オレがオレの記憶を否定するのには十分な、理由じゃないか。

「まずいな……」

 何かに危惧しているかのようなその声が、一体誰のものかなんていうことは、もうどうでもいい。騒がしく、何かが蠢くのを感じる。何か得体の知れない存在が、オレを取り巻いていく。身体にまとわりつくような感覚は、今日、レズリーにあう前に感じた時のそれとよく似ていた。
 優しく靡いていた風が、強風へと変わっていくのが嫌になるほどよく分かる。それは、魔法が暴走することの表れだった。

「シント君……っ!」

 誰の声かも分からないものが、オレを呼ぶ。もう、何も聞きたくない。頼むから、ほっといてくれ。

「……っ、落ち着かないか」

 誰かに強く手を取られ、少しだけ我に返る。自分の手によって塞がれていた視界は、誰かによって一瞬にしてクリアになる。でも、それ以上何も見たくないと拒絶しているかのように、どうしようもない程に手が震えているのは、誰が見ても明白だった風になびく髪の毛が視界の邪魔をする。それが酷く鬱陶しかった。

「何か、嫌なことでも思い出したのかい?それとも……」

 目の前に立っていたのはアルセーヌ。それはまるで、いつかの時と同じように、何処か寂しそうな笑顔を張り付けているように見えた。

「それともキミは、真実を知らずして消えてしまっても構わないとでも言うのかい……?」

 アルセーヌの言っている意味が、今のオレにはよく分からない。だけど、今オレを取り巻いている全ての事柄に関係しているであろうということは、どうしてか理解が出来た。
 視界がブレる。濡れた頬が何を意味するのかなんて考えることも出来ないまま、オレの視界からアルセーヌが消えていく。目の前は、完全に暗闇に包まれた。


   ◇


 ――何処かから、水の流れる音が聞こえる。
 ゆっくりと目を開けると、目の前に広がる何か。そこは、レズリーの庭であるというのがすぐに分かった。ただ、それはさっきまでオレがいた場所とは少し違う。一見同じではあるけれど、モノクロの景色に、隅に黒いもやみたいなものがかかっている。それは、断片的な記憶が頭に過った時と少しだけ似ていたけど、それとも違うもの。夢、という単語が一番近いのかもしれない。
 レズリーの庭から聞こえたそれは、水しぶきをまといながら、光を纏ったかのように輝いていた。

「わあ……っ」

 噴水が巻き起こすそれらを見た女の人……いや、母さんの口からは、感嘆の声零れていた。

「君達が見たいって言うから、ちゃんと直しておいたんだ」

 足早に近寄っていく母さんのその後ろをついてくる小さなオレは、近づくや否や、当たり前の様に母さんの足へと手を伸ばす。オレの目線に合わせるようにしてしゃがむ母さんは、とても楽しそうに見えた。それを遠巻きに眺めている父さんは、驚きのような呆れにも近い声で、レズリーに話しかけているのが見える。

「マジで直したのかよ? なんか悪いな……」
「噴水を直しただけでそんな顔されてもな……。それに、見たいと思ってくれる人の為に動いた方が、噴水だって幸せだよ」

 どうも腑に落ちない、といった様子の父さんだったけど、オレと母さんを視界に入れた時の表情は、とても嬉しそうだった。

「ねえカルトっ、噴水よ噴水!」
「おいおい、あんま近づくと濡れるじゃんか。程々にしておけって」
「だってあなた、こんなにも綺麗じゃない。それに、庭に噴水があるお家なんて、中々ないもの」
「あーまあ……、そうだよなぁ」
「ほら、シントも触ってごらん?」
「ふんすい、きらきらー」

 そう、こうして俺は、母さんに抱っこされてその噴水の水に触れた。初めて触れたそれは冷たくて、きらきらしてて……。皆と一緒にいるっていうことが、純粋に楽しかったとか、きっとそんなことを思っていたのだろう。それは、幼い頃のオレの顔を見れば明白だった。
 だけど、これはオレが今見ている夢の中の話。こんな光景なんて、きっともう、見ることは出来ないという事実が、どうしてもオレを縛り付ける。
 どうしてオレらが、こんなにも当たり前の様に貴族の家にいるのかは分からない。接点のないはずの市民と貴族。そのふたつの要素がどうやって絡み合ったのか。それを知る時が、いつか来てしまうのだとしたら。オレは、それをちゃんと受け入れることが出来るのだろうか。父さんと母さん。そしてレズリー。それと……。

「みなさあん、お茶が入りましたよー」

 誰かの声が、少し遠くから聞こえてくる。

「ああ、ありがとう。ティシーとトールも座ってよ」
「いいんですか? じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」
「私は遠慮します」
「なんだトール、反抗期か?」
「この歳で反抗期なわけないじゃないですか。私は忙し……」
「はいはい、そういうのは良いから。たまにはさー、シントじゃなくて俺の相手してよー」
「……まあ、いいですけど。じゃあ。お手柔らかにお願いしますね」
「いや、別に喧嘩するわけじゃねーからな?」

 ああそう。レズリーの家にいたメイドと執事が、オレ達が来るたびにお茶を持ってきてくれたんだっけ。トールは気さくな人だったけど、何かと理由をつけてすぐ何処かに行こうとするところを、よくオレや父さんに止められていた。ティシーはと言うと、穏やかでまったりとした話し方が印象的で、よく母さんと話していたのを覚えている。……覚えているというか、今見えている光景が、まさしくそれだった。
 テーブルに置かれた、トールが淹れてくれた紅茶にスコーン。それと、ティシーが作ったブルーベリーとオレンジのジャム。その日は、いつもの皆が庭に揃っていた、はずなのだけれど。
 この日はいない誰か。もうひとり、たまにレズリーの家に来ている人物がいたようなそんな気がするのだけれど、それはきっと、俺の考え過ぎなのだろう。でも、これら羅列された記憶の中で確信が持てることがいくつかある。俺が幼い頃。レズリーの家に来たことがあるということ。レズリーとは、家族ぐるみで進行があったということ。あとこれは、別に関係のないことだけど……。
 噴水がいやに綺麗だったということ。それだけは、紛れもない真実だった。

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