33話:ニセモノの行動理由


2024-08-15 16:01:15
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 ――幽霊よりももっと格が上で、でも悪霊とかいうのとはまた別のもの。オレらでは手に負えないような、いわゆる怨霊・悪霊という存在を、無条件でとある場所に送り出すためだけに存在していて、それ以外の行動は禁止されているモノのこと。

 オレが宇栄原先輩に言った逝邪という存在に対する説明は、おおかたこんな感じだ。基本的にはタカハラさんが言っていたことをそのまま言っているのだが、この説明には幾つかのフィクションが含まれている。
 まず一つめは、「オレらでは手に負えない」という部分である。確かに生身の人間が手に負えないような存在もいるが、必ずしもそうというわけではなく、それは力の持ち主がどこまでその力を幽霊に対して使えるのかということに依存するし、最悪それは無くても対話でどうにかなったりすることも、ゼロではない(とても稀有なケースのようだが)。
 それともう一つ、「それ以外の行動は禁止されている」という部分だ。正確には、「それ以外の行動をするモノは逝邪にはなり得ない」というのが正しいだろう。
 嘘を織り交ぜてまでこの話をわざわざしに来たのには、一応理由がある。別にやましいことは何もないわけだし、変に警戒心を駆り立てるようなことをするのは余りメリットがあるものではないのだが……。

「神崎先輩はいると思います? 逝邪って」

 この人たちがその類の存在を知らないのなら、知らないままの方がいいに決まっているし、だったら余り悪影響のなさそうなことを口にしたほうがいいだろうと思ったのだ。
 だからこの時、本来なら暝邪(祥吾)の話をするべきところで、オレはそれをしなかった。

「……俺、幽霊とか見えないんだけど」
「いや、視える視えないの話なんてしてないですから」

 神崎先輩に適当に話を振りつつ、オレは宇栄原先輩の顔をチラリと視界に入れる。
 先輩は、オレの話を聞いてとても難しい顔をしていた。驚いたというよりは、どうしてそれを自分に話してくるのか、という思案の顔のようにも見えた。こんな出来れば聞きたくないような情報を急に聞かされればそれも当然だろうが、その反応で明確になってしまったりものがある。
 ここでこんなに考え始めるということは、この人は、もしかするとこれまでオレと同じように幽霊の視える人物に会ったことが無く、オレの言う逝邪はおろか、瞑邪という存在にも無縁だった人物なのだろうということが。
 恐らく幽霊という類のものは認識しているのだろうが(そうでなければ困るが)、先輩のように力を持っているような人がこれまでそれに無縁だったというのはどういうことなのだろう。いや、暝邪や逝邪にそう多く接触があるのもおかしな話だが……。

「君は、その力っていうのは持ってるの?」宇栄原先輩は、これまでのオレの説明の中から取りこぼしたものではなく、どういうわけかオレについての質問をしてきた。
「オレですか? そうですねえ……」

 その質問は、少々分が悪かった。それを聞かれるとは思ってなかったというのもあるが、オレのことはいいからもう少し別の質問をしてくれればよかったのにと、理不尽な感情に苛まれた。オレにはそれが無いから、今ここでそんな話をしに来ているのだから。
 これにどう答えるべきか、少しだけ考えた。それがないから、ひとつ頼みごとを聞いて欲しいというのが一番手っ取り早いのだろう。でもオレは、それを言葉にするのを躊躇した。
 祥吾は既に瞑邪と呼ぶにはふさわしく、手立ては幾らも残っていない。放っておいたらいつ何が起こるか分からないという不安に駆られてしまうし、だから今、こうして誰かに話を聞いてもらおうとしている。
 でもこんなことをしておいて今更、オレは思うのだ。

「あったら、良かったんですけどね」

 出会ったばかりの人にそんなことを頼むなんて、余りにも都合が良すぎるのではないかと。


   ◇


 全く、オレは本当に馬鹿だと思う。……いや、どちらかと言うとズルいと言った方が適切なのかもしれない。
 適当な説明をするだけして、オレは逃げるように先輩たちの元を去った。思っていたよりも外に寒気が溜まっていたのには目もくれず、当てもなく外を歩いていた。
 家に今帰ったところでバイトに行くのにまた外に出なければならないし、家に帰るというワンクッションをわざわざ挟みたくない。

(会って早々頼みごととか普通に失礼だし……あんな話するとか超ヤバイ奴だったな)

 別にいいけど、と飲みこみそうになったが、状況としては全く良くない。あんな話をしておいて結論もなく帰るとか、どういう神経をしているのだろうと自分を疑ってしまう。

(少し、逸りすぎたかも……)

 状況としてはさっさと終わらせてしまった方がいいのはよく分かっているのだが、誰かに頼るということであれば、その為にはまず人と仲良くならないといけないし、相応の信頼関係が必要になる。それに、人に何かをお願いするにはお願いする側が真剣にならないといけないし、何かしらのリスクが相手には付きまとうことになるだろう。
 タカハラさんの言い方からして悠長にしている時間は余りなさそうではあるのだが、だからといって人を巻き込んでいいのだろうか? いつだったかにその提案をしたタカハラさんにどうこう言うつもりは無いのだが、オレがしてしまった選択は、余りいいものではなかったかもしれないと、この時初めて思った。

「……祥吾は、消えたらどこに行くんだろう」

 幽霊は除霊して本来行くべき場所に……という話はよく聞くが、それが本当に正しいのだとするのなら、祥吾は一体どこに行くのだろうか?
 幽霊という括りの中に祥吾がいるのは違いないのだが、天国と地獄があると昔から言われているように、幽霊にもそういうことが適用されるのだとしたら、恐らくは……。

(か、考えるの止めよう)

 そうしてわざとらしく、オレは頭を振った。考えたところでどうにもならないことを考えてしまうのは世の常だが、そういう時は強制的に考えるのを止めてしまうのが一番いい。……そう思っていた、矢先のことだった。

「なんか寒……」

 普段天気予報なんて見る暇がなく適当に過ごしているのだが、確かに今日、学校内で雪が降るとか降らないとかいう話を誰かがしていたような、そんな気がする。が、これはそういう類いの寒さとは少し異なるようだ。
 外的な寒さを隠れ蓑にしているような、内から感じる悪寒という方が近いように思う。そして似たような感覚は、これまで何度か体験したことがある。

(幽霊っぽいな……。でも違うかも)

 端的にそれが幽霊であるとしたが、それでもこの感じはいつものそれとは少々異なっていた。なんというか、いつにも増してそれが色濃く感じてしまい、何故だかそわそわした。ひとつ、嫌な心当たりがあったからだ。
 なにが出来るわけでもないということは分かっているつもりなのに、オレはその気配のある場所を探した。オレのいる場所から近いということは分かるのだが、だからといって何かあてがあるわけでもない。走りながら、自分の感覚を便りにそこを探し当てるしかなかった。
 先輩にあんな説明をしてしまった後というのもあり、嫌な想像ばかりしてしまっているというのもあるが……それが余計、オレの足の動きを早めていたように思う。その気配が、祥吾のものにとても近かったのだ。
 もしそれが本当に祥吾のものだったら?
 タカハラさんの見立てよりも早く、何か嫌なことが起こってしまったら?
 その時、オレは祥吾の味方でいられるだろうか?
 出来ればオレの感覚がまるで見当違いであってほしいと思いながら、それを確かめないままでいることが出来るわけもなく、とにかく辺りを探した。
 答え合わせは、露骨に人通りが少なくなったと思ったら比較的すぐに訪れた。見覚えのある黒く漂うもやが、あの角を曲がった先から漂っている。一瞬足を止めてしまいそうになったが、勢いに任せてその角を曲がった。
 オレの視界に入ったのは、家と道路を分ける塀と、どこにでもある電柱。そして――。

「お前それで追ったのか?」

 オレにとっては、ある意味で誤算のような人物の姿。

「いやさ、おれだっていつもだったら追わないけど……これは予想してなかったっていうか」
「お前の追わないは信用できない」

 オレが到着するよりも前に、そこには宇栄原先輩と神崎先輩がすでに居たのである。

(うわ、最悪だ……)

 何を見てそう思ったのかはよく分からない。しかし紛れもなく、ふたりがそこに居たお陰で奥にいる「何か」を認識するのが少々遅れてしまったように思う。
 人形の黒い影。粒子の集まりがそれを形成し、意思があるのかどうなのか、ゆらゆらと蠢いている。それが果たしてただの幽霊なのか、それとも祥吾と呼んでいいものなのか分からないまま。

「あれ、また会いましたね」

 オレは軽快に、そんなことを口にしてしまっていたのだ。


   ◇


 今の状況で、オレの誤算は三つある。
 ひとつは、その黒い何かがよく分からないということ。
 ふたつめは、先輩たちが既にここに居たということ。
 そしてみっつめは――。

「先輩達って結構あれなんですね。行動力に溢れてるっていうか」

 想像していたよりも遥かに、宇栄原渉という人物は力を持て余している人物であり、こういう物事に首を突っ込んでくるということだ。

「君に言われたくないんだけど」

 宇栄原先輩は、少々機嫌が悪そうだった(図書室で会った時もこうだった気がするが)。状況を見ればそれも当然なのかもしれない。オレだって、本音は余りいい気分ではないのだから。
 それにしてもこの状況は、オレにとってはかなり困りものである。先輩の力をちゃんと見ることが出来る良いタイミングなのに、目の前にいる「それ」が一体何なのか確証が持てないし、何よりこの状況を余りよく分かっていなさそうな神崎先輩も居る。余り下手なことをして欲しくないというのが正直なところだった。
 だが本来の目的で言うのならこの状況はとてもチャンスだし、オレが何も言わなくても今ここで解決してしまうのかもしれない。それでもいいと言えるような薄情な人間だったら、こんなに悩むこともなかったのだろう。いや、そんな単純な話でもないのかもしれないが。
 ヒトガタの黒いそれは、ほんの僅かに元の原型のようなものを保っているようにも視えた。

(あれってもしかして……)

「ちょっと待った」 宇栄原先輩に止められ、はじめて自分の足が動いていたことに気付く。その行動に、自分でも昏乱しているのが何となくだが分かった。
「……別に何もしないですよ? それに、先輩が居るときは、なにも起こらないんじゃないですかね?」

 先輩は、オレの腕を掴んだままなんだそれはという顔をしていた。何もしないというのは本当で(というか何も出来ないし)、先輩がいるから何も起きないというのは……嘘か本当か微妙なところである。
 こんな状況でさえ適当なことを言ってしまったのが、恐らくはいけなかったのだろう。

「嘘ばっか……」

 宇栄原先輩の何かの琴線に触れてしまったようで、掴んでいるて手の力が若干強くなったのを感じた。先輩の僅かな苛立ちがオレの腕に移ってくる。それはつまり、既にオレの言葉に信用性がまるでないということだ。オレのどの発言でそう感じたのかは分からないが……(或いは、最初からそう感じていたのかもしれないが)。

(オレの見当違いだったのかな……)

 それとも先輩は、逝邪という存在も、この目の前にいる存在も既に知っていたのだろうか?

「そうやって言うならこうしましょう」

 だったら尚更、今オレが何かを言うのも無駄な時間だ。

「ちょ、ちょっと……っ!」
「逃げれば文句ないですよね?」

 掴まれている腕でオレは先輩の腕を掴み返して、足を翻す。更に神崎先輩の腕を掴まえて、その場から離れる選択をした。何かしら抵抗されるかと思ったがそうでもなく、案外早くその場から離れることが出来そうだ。
 ああいうのを相手に逃げるということはオレにとってはよくあることだが、今回ばかりは、少し後ろ髪惹かれる感覚だ。思わず後ろを振り向きたくなるが、先輩たちが両脇にいることをすぐに思い出し、それはなんとか思い留まった。

(あれ、本当に祥吾……?)

 はじめてみたものに疑問を感じるのは当然のことだが、それが知り合いに関係しているかもしれないと思うと、余計に背筋に針が刺さったような感覚になった。
 幽霊と呼ぶには余りにも異質なそれは今、オレたちを見て何を思っているのだろうか?

(……なんか、嫌だな)

 出来ればもう既に、消え去っていてはくれないかと、そんなことを思ったのだ。


   ◇


 この日は、雪が少しチラついていた。といっても、別に傘を差さなければいけない程のものではなく、積もるかどうかの話をするよりも前にすぐに止んでしまった。
 そんなつまらない状況の中、オレはひとり公園にいた。高校生がどうして公園にいるのかは、至極単純な話である。暇を潰していたのだ。例えばそれが、人と待ち合わせをしていて来ないなどといった事態だったらさほど違和感はなかったかもしれないが、生憎、そういう相手はいなかった。
 屋根のある休憩場所のようなところにあるベンチに腰をかけ、荷物を木のテーブルに置きそれを枕にして目を閉じ、既に意識は半分以上虚ろである。
 バイトまでの時間はあと二十分ほどだろうか? 余り早く行っても意味がないし、ただ単に暇を潰していた。
 いつもこうしているわけではなく、その辺りを散歩したりもするのだが、傘を持ち合わせていないということもあり、どうも今日は、そんな気分では無かったのだ。

(……あんな動揺して、馬鹿みたいだな)

 そして、余り乗り気じゃない理由は分からないというフリをしている最中でもあった。

(先輩、放っておいたら絶対動きそうなタイプだったな……っていうか、なんで神崎先輩もいたんだろう。いやまあ、居てもいいけど)

 宇栄原先輩と再会してからというもの、オレはずっとおんなじことばかりを考えていた。
 先輩に会いに自分から向かったのに、今となっては何故か会わないようにしなければと思ってしまっているのが、全く都合がいい奴だと思う。

(あれ、自分から先輩に会いに行ってたよな……?)

 あんなヒトガタのよく分からないやつなんて、記憶を掘り起こしてみても思い当たる節がない。手足や顔までもが見えないほどに辺りに深淵を纏い、あれが本当に祥吾であると言われても、否定してしまいたくなってくるほどだった。
 しかしその深淵の間を這うように、何かがキラリと光ったのが見えたのだ。その何かとは、祥吾が肌身離さず身につけていたネックレスである。意識しないと見逃してしまうほどのそれは、しっかりとオレの目に映ってしまったのだ。それを見つけて、思わず足が動いてしまったのを、今は少しだけ後悔している。

(……どうしよう)

 自分ではどうしようも出来ないことであるというのは最初から分かっていたのに、だからこそだろうか? とてつもない虚無感と罪悪感がオレを襲った。

「貴重な睡眠時間奪わないでよ……」

 別に独り言を言ったわけではなく、その独特な気配は、顔をあげなくてもすぐに分かった。

「別に、そのまま寝てても僕は構わないけど」
「だったら出て来ないで……」

 ふと湧いて出てきたかのようにオレに話しかけてくるこの男は、オレに構わず隣に座る。同じ制服である上着が、オレよりも規則正しくベンチの上に腰をかけた。
 目を開けて左隣をチラリと横を見る。

「……なんの用?」
「用という用があって話しかけたことなんて、今まであったっけ?」
「ない……」

 タカハラさんの、どこか浮世離れした空気感に思わず適当にそう口にしてしまうが、そんなことは全くない。
 瞑邪と逝邪について教えてくれたのもタカハラさんだし、いつだったかに祥吾との間を取り持ってくれたのも、昔、とある時に助けてくれたのだってタカハラさんだ。この人が居なかったら、今どうなっていたのかというのは、余り考えたくはないものである。

「そういう橋下くんは、どうしてこんなところにずっと要るの?」いつもの調子でニコニコしながら、タカハラさんはそう言った。
「……どうせその辺で見てたんでしょ? いちいち聞かなくたっていいのに」
「だって、聞かないとちゃんと教えてくれなさそうだし」

 その先、タカハラさんの言葉が続くことはなさそうだったところを見るに、今回は本当にただ話かけただけなのかもしれない。ぐずぐずしてても仕方がないし、オレは自分の疑問をさっさとぶつけた。

「あれ、さっきのヒトガタの黒いやつ……何なの?」
「ああ……そういえば話したことなかったね。でもごめん、ボクもそんなに詳しくないんだ」

 タカハラさんのような存在でも分からないことがあるのかと、この時少し驚いた。だが言われてみれば確かに、タカハラさんが逝邪というものになってせいぜい数十年といったところだろうし、知らないことがあってもおかしくはないだろう。それも、人の感覚に左右されるものであれば尚更だ。
 どう説明するべきか、というような思案の時間は、オレにとっては少し退屈だった。まあそれも比較的すぐに終わったのだが。

「祥吾くんを糧にした何か、っていうのが、いまのボクに出来る精一杯の説明かな。秘密にしてるとかじゃなくてね、なんというか……うん。ちょっと説明が難しいな」

 思考の時間を作っても尚、まだ何か言い淀むに値する要因は何なのか、このあとすぐに理解することになる。

「多分、祥吾くんがいなければあれは存在していないんだと思う」

 別に祥吾くんが悪いって話じゃなくてね。そう何かに配慮して、タカハラさんは続けてこう言った。

「祥吾く――瞑邪という存在の力が増すと、ああいうのが出てくるってことかな。ボクも余り会ったことが無いから、多分、そういうことなんだと思う。瞑邪の形を少し模しているのも、そういうことじゃないかな。明確な説明じゃなくてごめん」

 説明を終えたタカハラさんは、何故か少し申し訳無さそうにしていた。別にタカハラさんが悪いわけではないはずなのに。
 あくまでもタカハラさんは憶測であると言いたげだが、見立ては恐らく正しいのではないだろうか。タカハラさんは、オレよりも遥かに色んなものを見てきただろうし、オレだってあんなの始めて見たし、先輩達も難しい顔をしていた。瞑邪を糧にということは、もしかするとこれから先、ああいうのが増えていったりするのだろうか? ……思わず、視線を下にそらした。

「……さっきの、せっかく助けてくれそうな人だったのに言わなくてよかったの?」

 あからさまに話が変わり、この話はここで打ち止めになった。しかしその話も、オレにとっては余りいい話題ではない。
 本当なら、タカハラさんには関係ないと、そう言って終わりにしてしまいたかった。しかし、本当にタカハラさんに関係がないなんてことがあるわけもなく。

「……それで近づいたって思われるのも癪だし」

 最初は、確かに宇栄原先輩が力を持っていると思って近づいた。それは事実で、それが目的だった。
 だが数時間たった今、それはして欲しくないという気持ちが湧いている。オレは本当に、祥吾のことを助けたいのか。よくよく考えてみたのだが……。

「なんか、本当に助けてくれそうで嫌だった……」

 どうやら少し、事情が違うようだ。
 祥吾が瞑邪になっているというのを知った時、タカハラさんも傍にいた。あの時タカハラさんは、祥吾を消そうとしたのだが――。

(オレ、あの時もタカハラさんのこと止めたんだよな……)

 まだ瞑邪になりかけていた祥吾を消さないでとお願いしたのは、紛れもなくオレだ。オレがあの時タカハラを止めたのは一体なんの為だったのかを今一度考えた時、どうしても嫌な気持ちになってしまって余り考えないようにしていたのだが。
 先輩に会ったことで、そのことを思い出してしまっていた。

(消えて欲しく、無かったんだ……)

 宇栄原先輩は、自分に力なんてあるわけないと宣った。どうやら、宇栄原さんの周りにはそういった類いのことを知っている人物はいないようで、殆ど何も知らない状態だった。そんな人に変なことを吹き込んでしまったというのも頂けないし、何より、その後にもっと詳しいことを知りたいと思わせるような状況になってしまった。ああなってしまったら、良くも悪くも人の好奇心は動いてしまうものだ。遅かれ早かれ、祥吾のことを知る可能性はとても高くなってしまったことだろう。
 もし万が一、先輩が祥吾のことを消すというような状況になったとして、それをオレは許容出来るかといったら、難しい話だ。なんせ、逝邪であるタカハラさんが消すと言ったときですら、オレは嫌がったのだ。

「じゃあどうするの?」
「どうするって――」

 この時のタカハラさんは、オレを質問攻めにした。なんで、どうしてと、こちらの心情なんてお構いなしの子供のようである。
 それを今考えてるんだから邪魔しないでよ。そう言おうとした時、上着のポケットに入れていたオレの携帯がけたたましく揺れ動いた。バイト二十分前の合図である。

「タカハラさんは何もしないでよ、絶対!」

 みんなして難しい注文が多いなぁ。そう後ろから聞こえてきそうなのを、オレは自身の足音でかき消した。

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