あれから暫くして、おれ達は高校生になった。
別にだからといって何かが変わったわけでもなく、言ってしまえば、それこそ小学校の時から状況は余り変わっていない。それはつまり、単純にそれなりに平和だったのだ。
幽霊には確かに何度も会った。会ったというか視た。害がありそうなその類いのものも何回か見た気がするけど、かといって特別何かをすることもしなかった。そう、おれはここに至るまで所謂"幽霊"という存在にそう多くは関わっていない。そのはずだ。
拓真に知られてしまったことだって、そりゃ最初の出会いがあんなんだったら遅かれ早かれこうなっていただろうし、まあ、言ってしまえばそこまで気にはしていない。……というのは、流石に少し嘘が入るのだが。
それでも、人が人の境遇を知るということは思っているよりも大きかったようで、あれから変に首を突っ込むということはよっぽどのことがない限りしなくなった。そう、よっぽどのことがない限り、だ。
高校二年のあの日、とある人物と出会い、はじめて幽霊と人間という構図の複雑さを知るその時までは、良く言えば平均的な学生で、悪く言えばただ惰性的に歳を重ねていくだけの学生だったに違いない。
――今思えば、確かにあの時からここに至るまでにいくつかの疑問はあった。でも、この一連の流れが最悪の結果に至る必要があったのかという部分を考えると、それこそ疑問が残る。少なくとも半年ほどの時間を一緒に過ごしてきたにも拘わらず、それくらいおれは、もうここには居ない誰かのことを何も知らなかったのだろう。
知る程の関係を築いていなかった? 知る権利がなかった? ……否、知ろうとしなかった、が恐らくは一番適切だろう。それを、「あの時もっとああすれば良かった」だなんて悲観することは簡単だ。
だからといって、おれはそんなことはしたくない。このままだと、今後これら全ての話が、言い逃れの出来ないただの悲しい話というだけで終わってしまいかねない。それだけは、どうしても避けたかった。
『……彼も、同じようなことを言っていた』
辛うじてそれを免れることが出来た理由のひとつとしては、この一連の流れの中にある何かしらに疑問を持ち、かつ後悔している人物がおれの他に存在していたからだろう。
『その話、詳しく聞かせてはくれないか?』
これは、おれというひとりの人物が高校二年生になってから、三年生が終わりを迎えようとしている今この瞬間に至るまでに起きた出来事を、ただ単に羅列させただけの話。
全てはきっと、最初から決まっていたのだと思わせたいが為の、面白味もない単純な物語だ。
◇
今から約一年ほど前の冬。おれがまだ二年生だった頃、隣街で不審な事故が多発していたらしい。
家とは反対側だし、普段は行くことのない場所だったから別に気にも留めていなかったけど、犯人の足取りがまるで掴めないといったような立て続けに起こるような不審な事件は、恐らく人間の仕業ではないんだろうなとは何となく思っていた。だからどう、というわけではないけれど、ひとつだけ気がかりだったことならある。
その事件がある日突然ピタリと止んだということだ。
例えばそれが、犯人が捕まったからという至極当たり前で単純な理由だったのなら、その方が断然良かったのだろう。だけど、そうではなかったのだ。恐らく人間の仕業ではない、というのが確信に変わったのは、とある人物に出会ったからと言って差し支えはない。
あれは確か、酷く曇っていたいつかの午後。いつもの帰路をひとりで歩いていた時、ほんの少しの異変がおれの五感を刺激した。とある場所から、何かが砂のような粒子が流れてくるのが見える。初めてとは言い難いそれを目にした瞬間、思考が停止するのがよく分かる程に、気付けば足を止めてしまっていた。
出入り口付近へと歩を進め、何かがいるのであろう場所を、一体何に気を遣っているのか、誰にも悟られないように細心の注意をはらって覗き込む。
(同じ制服……)
そこにいたのは、同じ上着で同じズボンの男子生徒だった。唯一の違いは、おれはマフラーをしていなかったということと、比べて向こうはコートを着ていなかったということ。
「×××××」
その場には、彼のほかに確かにもうひとりいた。……いや、ヒトと位置付けるのには余りに不自然な何かが、そこにはいた。
制服の男と何かが話している、ということは何となく理解できたが、距離が遠く当然内容までは聞こえてこない。
「×××××」
異端的なその何かからは、明らかにこの世のものとは思えない程に、粒子状の何かが内から漏れ出し、辺りに散らばっているというのが伺える。辛うじてその隙間から体が見える程度のその状況は、さながら異空間のようで、恐らくは息をするのさえ忘れてしまっていたことだろう。
「×××××」
一瞬だけ見えた、黒い粒子の狭間から見えたその顔。
「……×××××」
途端、存在を認識させまいとするかのように揺らめき始めるそれの口元が、僅かながらに動いているのだけが辛うじて見えた。それは明らかにおれを認識していて、かつおれに向かって何かを発しているような、そんな気がした。
その様子を、同じ制服を着た彼はただ単に視界に入れているだけで特別動こうとしないのが何とも不自然だったが、何かの気配を察知したかのように制服姿の男が突然と振り向いた。
――ことが起きたのは、一瞬の出来事だった。
何かを言い終わったのか、それとも制服の彼の視線をそらしたからなのか、黒いそれは瞬く間に砂とも区別がつかない程の塵になり、風に乗って姿を消した。
枯れ葉と共に流れる強い風によって髪の毛が靡くせいで、必然的に一瞬目を離さなければならなくなってしまったほんの数秒後。気付けば、さっきまで目に見えていたはずの黒い何かは姿を消していた。僅かに取り残された黒く堕ちたそれが、さっきまでこの場所に何かががいたということの唯一の証拠だった。
わざとらしく残されたそれを、目の前の彼はあたかも気づいていないかのように踏みつけながら歩を進めてくる。
「……視える人って、オレ以外にもちゃんといるんですね」
「え……?」
「こういうの、オレだけだったらどうしようかなってちょっと思ってたんですけど。結構安心したかも」
彼は、至極当前とでも言いたげにおれに話しかけ、その上冷静だった。
「さっきの、ここ最近ずっとこの辺りで悪さしてた人なんですけど」
言いながらおれの前に立ちはだかった彼は、どういう訳か妙に淡々と笑顔を浮かべている。
「知り合いなんですよね、オレの」
この状況の中第三者でしかないおれは、その彼の話をただただ聞いていることしか出来なかった。
目の前の人物は、おれに出会って安心したと言った。でも、どうしてか今のおれは気が気じゃなかった。まるで見てはいけないモノを見てしまったかのような感覚。あの時の拓真は、もしかしてこんな気持ちだったのだろうか? そうだとしたら、一般的に視えないとされているモノに余り関わってほしくないという気持ちも、分からなくはない。
「でもなんか、オレには会いたくないみたいで。会うたびに逃げられちゃうっていうか」
笑顔と言っても、彼が浮かべていたそれはいわゆる苦笑いだった。
これが、おれが『橋下 香』という人物に出会った一番最初の出来事。彼が、おれと同じいわゆる幽霊などという類いが視える人間であるというのはすぐに理解が出来た。そして、彼と出会ったその場所というのが――。
「にしても、この時間って公園に人居ないもんなんですか? この天気で誰もいないって、なんか雰囲気悪いですよね」
「……天気予報、雪の予報出てたからだと思うけど」
「そうでしたっけ?」
まるで何事もなかったかのように日常会話が繰り広げられているこの場所。
『知らない人に話しかけちゃダメって、よく言われるでしょ? 特にああいうの。仮に視えちゃたとしてもさ』
ここは、おれの行動範囲内にある、はじめて幽霊という存在を目にした公園だった。
◇
「一応聞きますけど、ああいうのが見えるってことで良いんですよね?」
その問いに、おれは答えること躊躇した。知り合いが何かに巻き込まれてたのならともかくとして、今会ったばかりの人物にそれを問われたからといってそう簡単に「はいそうです」なんて言うのはただの馬鹿だ。
仮に本当におれが幽霊が視えるのだと分かっていたとして、どうしてそういう結論に至ったのか疑問が残る。特別何かをしたわけでも無いはずなのだけれど、視えるモノ同士、何か分かるポイントというものがどこかにあるのかも知れない。生憎、おれにはそれが分からないのだが。
「……何で、おれが視えるって分かるわけ?」
「んー……いや、何となく?」
どうやらそれを彼に聞いても無駄だったようで、軽い口調の如く言っていることもかなり曖昧で適当だった。
本当に何となくで決めつけたのかという部分が信用できる材料がどこにもないせいでもう少し踏み込んだことを聞いても良かったのだけれど、正直そこまで首を突っ込みたくはない。……というよりも、彼の雰囲気のせいなのかどこか信用に欠けるところがあったから、単純に自分の何かを話すという行為に躊躇したのだ。
「いやーでも、見られてるとは思わなかったなぁ」
でも、彼はそんなことはおれの気持ちなんてお構い無しに、おれが幽霊を視える側だと認識して勝手に話を進めていく。おれが言葉を発していないにも関わらず、相手はテンポよく口を動かしていた。それはまるで大きな独り言で、おれという存在が見えていないんじゃないかという錯覚に陥るほどだった。
「あ、オレは橋下って言うんですけど、名前聞いても良いですか? 多分先輩ですよね?」
「……宇栄原だけど」
「じゃあ宇栄原先輩、またどこかで会ったら宜しくお願いしますね」
「宜しくって……何を?」
「何をって、理由がなきゃ先輩と宜しくしちゃいけないんですか?」
「いや別に、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあいいじゃないですか。オレ、まだ用があるのでこの辺で。あーでも、雪降るんでしたっけ? まあいっか」
おれという人物に一連の流れを見られたということなんて気にもしていないような素振りで、言葉を口にしながら足早におれの横を通り過ぎる。
「じゃ、オレはこれで」
言い終わると、足早に公園の外へと去っていく彼の後ろ姿を、おれはただただ見ていることしか出来ないでいた。でもそれは当然だろう。だって、今会ったばかりの人間を引き留めるに至る理由が何処にもないのだから。
――彼が居なくなった途端、辺りには静寂が広がっていた。強いて言うとするなら、風だけがおれの耳を掠めていったくらいだろう。
「……帰ろ」
誰もいない公園に、残されたひとりの男の声が落ちる。
風が酷く冷たく、コートを着ているのに芯から冷えているかのようだ。今日は本当に雪が降ってしまうのではないか? そう思わせるくらいのそれが頬に当たる。やっぱりマフラーは持ってくるべきだったか。などと思いながら足を進めるのは、そう遠くはない出来事だった。
別にだからといって何かが変わったわけでもなく、言ってしまえば、それこそ小学校の時から状況は余り変わっていない。それはつまり、単純にそれなりに平和だったのだ。
幽霊には確かに何度も会った。会ったというか視た。害がありそうなその類いのものも何回か見た気がするけど、かといって特別何かをすることもしなかった。そう、おれはここに至るまで所謂"幽霊"という存在にそう多くは関わっていない。そのはずだ。
拓真に知られてしまったことだって、そりゃ最初の出会いがあんなんだったら遅かれ早かれこうなっていただろうし、まあ、言ってしまえばそこまで気にはしていない。……というのは、流石に少し嘘が入るのだが。
それでも、人が人の境遇を知るということは思っているよりも大きかったようで、あれから変に首を突っ込むということはよっぽどのことがない限りしなくなった。そう、よっぽどのことがない限り、だ。
高校二年のあの日、とある人物と出会い、はじめて幽霊と人間という構図の複雑さを知るその時までは、良く言えば平均的な学生で、悪く言えばただ惰性的に歳を重ねていくだけの学生だったに違いない。
――今思えば、確かにあの時からここに至るまでにいくつかの疑問はあった。でも、この一連の流れが最悪の結果に至る必要があったのかという部分を考えると、それこそ疑問が残る。少なくとも半年ほどの時間を一緒に過ごしてきたにも拘わらず、それくらいおれは、もうここには居ない誰かのことを何も知らなかったのだろう。
知る程の関係を築いていなかった? 知る権利がなかった? ……否、知ろうとしなかった、が恐らくは一番適切だろう。それを、「あの時もっとああすれば良かった」だなんて悲観することは簡単だ。
だからといって、おれはそんなことはしたくない。このままだと、今後これら全ての話が、言い逃れの出来ないただの悲しい話というだけで終わってしまいかねない。それだけは、どうしても避けたかった。
『……彼も、同じようなことを言っていた』
辛うじてそれを免れることが出来た理由のひとつとしては、この一連の流れの中にある何かしらに疑問を持ち、かつ後悔している人物がおれの他に存在していたからだろう。
『その話、詳しく聞かせてはくれないか?』
これは、おれというひとりの人物が高校二年生になってから、三年生が終わりを迎えようとしている今この瞬間に至るまでに起きた出来事を、ただ単に羅列させただけの話。
全てはきっと、最初から決まっていたのだと思わせたいが為の、面白味もない単純な物語だ。
◇
今から約一年ほど前の冬。おれがまだ二年生だった頃、隣街で不審な事故が多発していたらしい。
家とは反対側だし、普段は行くことのない場所だったから別に気にも留めていなかったけど、犯人の足取りがまるで掴めないといったような立て続けに起こるような不審な事件は、恐らく人間の仕業ではないんだろうなとは何となく思っていた。だからどう、というわけではないけれど、ひとつだけ気がかりだったことならある。
その事件がある日突然ピタリと止んだということだ。
例えばそれが、犯人が捕まったからという至極当たり前で単純な理由だったのなら、その方が断然良かったのだろう。だけど、そうではなかったのだ。恐らく人間の仕業ではない、というのが確信に変わったのは、とある人物に出会ったからと言って差し支えはない。
あれは確か、酷く曇っていたいつかの午後。いつもの帰路をひとりで歩いていた時、ほんの少しの異変がおれの五感を刺激した。とある場所から、何かが砂のような粒子が流れてくるのが見える。初めてとは言い難いそれを目にした瞬間、思考が停止するのがよく分かる程に、気付けば足を止めてしまっていた。
出入り口付近へと歩を進め、何かがいるのであろう場所を、一体何に気を遣っているのか、誰にも悟られないように細心の注意をはらって覗き込む。
(同じ制服……)
そこにいたのは、同じ上着で同じズボンの男子生徒だった。唯一の違いは、おれはマフラーをしていなかったということと、比べて向こうはコートを着ていなかったということ。
「×××××」
その場には、彼のほかに確かにもうひとりいた。……いや、ヒトと位置付けるのには余りに不自然な何かが、そこにはいた。
制服の男と何かが話している、ということは何となく理解できたが、距離が遠く当然内容までは聞こえてこない。
「×××××」
異端的なその何かからは、明らかにこの世のものとは思えない程に、粒子状の何かが内から漏れ出し、辺りに散らばっているというのが伺える。辛うじてその隙間から体が見える程度のその状況は、さながら異空間のようで、恐らくは息をするのさえ忘れてしまっていたことだろう。
「×××××」
一瞬だけ見えた、黒い粒子の狭間から見えたその顔。
「……×××××」
途端、存在を認識させまいとするかのように揺らめき始めるそれの口元が、僅かながらに動いているのだけが辛うじて見えた。それは明らかにおれを認識していて、かつおれに向かって何かを発しているような、そんな気がした。
その様子を、同じ制服を着た彼はただ単に視界に入れているだけで特別動こうとしないのが何とも不自然だったが、何かの気配を察知したかのように制服姿の男が突然と振り向いた。
――ことが起きたのは、一瞬の出来事だった。
何かを言い終わったのか、それとも制服の彼の視線をそらしたからなのか、黒いそれは瞬く間に砂とも区別がつかない程の塵になり、風に乗って姿を消した。
枯れ葉と共に流れる強い風によって髪の毛が靡くせいで、必然的に一瞬目を離さなければならなくなってしまったほんの数秒後。気付けば、さっきまで目に見えていたはずの黒い何かは姿を消していた。僅かに取り残された黒く堕ちたそれが、さっきまでこの場所に何かががいたということの唯一の証拠だった。
わざとらしく残されたそれを、目の前の彼はあたかも気づいていないかのように踏みつけながら歩を進めてくる。
「……視える人って、オレ以外にもちゃんといるんですね」
「え……?」
「こういうの、オレだけだったらどうしようかなってちょっと思ってたんですけど。結構安心したかも」
彼は、至極当前とでも言いたげにおれに話しかけ、その上冷静だった。
「さっきの、ここ最近ずっとこの辺りで悪さしてた人なんですけど」
言いながらおれの前に立ちはだかった彼は、どういう訳か妙に淡々と笑顔を浮かべている。
「知り合いなんですよね、オレの」
この状況の中第三者でしかないおれは、その彼の話をただただ聞いていることしか出来なかった。
目の前の人物は、おれに出会って安心したと言った。でも、どうしてか今のおれは気が気じゃなかった。まるで見てはいけないモノを見てしまったかのような感覚。あの時の拓真は、もしかしてこんな気持ちだったのだろうか? そうだとしたら、一般的に視えないとされているモノに余り関わってほしくないという気持ちも、分からなくはない。
「でもなんか、オレには会いたくないみたいで。会うたびに逃げられちゃうっていうか」
笑顔と言っても、彼が浮かべていたそれはいわゆる苦笑いだった。
これが、おれが『橋下 香』という人物に出会った一番最初の出来事。彼が、おれと同じいわゆる幽霊などという類いが視える人間であるというのはすぐに理解が出来た。そして、彼と出会ったその場所というのが――。
「にしても、この時間って公園に人居ないもんなんですか? この天気で誰もいないって、なんか雰囲気悪いですよね」
「……天気予報、雪の予報出てたからだと思うけど」
「そうでしたっけ?」
まるで何事もなかったかのように日常会話が繰り広げられているこの場所。
『知らない人に話しかけちゃダメって、よく言われるでしょ? 特にああいうの。仮に視えちゃたとしてもさ』
ここは、おれの行動範囲内にある、はじめて幽霊という存在を目にした公園だった。
◇
「一応聞きますけど、ああいうのが見えるってことで良いんですよね?」
その問いに、おれは答えること躊躇した。知り合いが何かに巻き込まれてたのならともかくとして、今会ったばかりの人物にそれを問われたからといってそう簡単に「はいそうです」なんて言うのはただの馬鹿だ。
仮に本当におれが幽霊が視えるのだと分かっていたとして、どうしてそういう結論に至ったのか疑問が残る。特別何かをしたわけでも無いはずなのだけれど、視えるモノ同士、何か分かるポイントというものがどこかにあるのかも知れない。生憎、おれにはそれが分からないのだが。
「……何で、おれが視えるって分かるわけ?」
「んー……いや、何となく?」
どうやらそれを彼に聞いても無駄だったようで、軽い口調の如く言っていることもかなり曖昧で適当だった。
本当に何となくで決めつけたのかという部分が信用できる材料がどこにもないせいでもう少し踏み込んだことを聞いても良かったのだけれど、正直そこまで首を突っ込みたくはない。……というよりも、彼の雰囲気のせいなのかどこか信用に欠けるところがあったから、単純に自分の何かを話すという行為に躊躇したのだ。
「いやーでも、見られてるとは思わなかったなぁ」
でも、彼はそんなことはおれの気持ちなんてお構い無しに、おれが幽霊を視える側だと認識して勝手に話を進めていく。おれが言葉を発していないにも関わらず、相手はテンポよく口を動かしていた。それはまるで大きな独り言で、おれという存在が見えていないんじゃないかという錯覚に陥るほどだった。
「あ、オレは橋下って言うんですけど、名前聞いても良いですか? 多分先輩ですよね?」
「……宇栄原だけど」
「じゃあ宇栄原先輩、またどこかで会ったら宜しくお願いしますね」
「宜しくって……何を?」
「何をって、理由がなきゃ先輩と宜しくしちゃいけないんですか?」
「いや別に、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあいいじゃないですか。オレ、まだ用があるのでこの辺で。あーでも、雪降るんでしたっけ? まあいっか」
おれという人物に一連の流れを見られたということなんて気にもしていないような素振りで、言葉を口にしながら足早におれの横を通り過ぎる。
「じゃ、オレはこれで」
言い終わると、足早に公園の外へと去っていく彼の後ろ姿を、おれはただただ見ていることしか出来ないでいた。でもそれは当然だろう。だって、今会ったばかりの人間を引き留めるに至る理由が何処にもないのだから。
――彼が居なくなった途端、辺りには静寂が広がっていた。強いて言うとするなら、風だけがおれの耳を掠めていったくらいだろう。
「……帰ろ」
誰もいない公園に、残されたひとりの男の声が落ちる。
風が酷く冷たく、コートを着ているのに芯から冷えているかのようだ。今日は本当に雪が降ってしまうのではないか? そう思わせるくらいのそれが頬に当たる。やっぱりマフラーは持ってくるべきだったか。などと思いながら足を進めるのは、そう遠くはない出来事だった。