恋焦がれ、異国の地
コンフェイトを見れるとは思っていなかったから、ついこうして眺めてしまうよ。
今日の夕方。大量の荷物が店に届いた。一旦店の奥に荷物を置き、閉店まで待ってから私たちはようやく荷解きを始める。その数は十にも満たない程度のものだが、グランさんと私しかいない今の状況ではそれなりに重労働だ。
店をやっている以上仕入れたものが一気に届くということはあるのだが、こうなったのは数か月前にグランさんの知り合いから手紙が届いたことに所以する。西の国のお菓子が手に入ったという内容で、その日、グランさんは大層喜んでいたのを覚えている。その手紙から約二か月。今の状態が出来上がったわけだ。
「現物を見るのは初めてだ」グランさんは嬉しそうに言った。手に取ったのは不揃いで色もバラバラな小さな粒が沢山入った瓶で、荷物の中に入っていた紙を見るに砂糖を固めたもののようだ。ピンクと水色、黄色に何も色がついていないものもある。私達が普段取り扱っているお菓子にもインテリアとして置いておけそうなものは幾つかあるが、食べずにそのまま置いておいても楽しめそうだと、そう思う。そのお菓子は、名を「コンフェイト」と言うらしい。
完全に手が止まっているグランさんを見て、私はふと、口にしたいことが増えた。
「……やっぱり、本当はこの街を出たいんじゃないですか?」
「はは、どうだろう」
この街に来る前、私たちはアテもなく色んな街へ足を運んだ。商売がてら旅をしていたと言えば聞こえはいいだろう。しかし、具体的に言うとそうではなかった。とにかく、私たちは落ち着きがなかった。それが数年前、この街に辿り着いてから事情が変わった。この街が目的の場所だったということに変わりはないが、最初はそれでもソワソワした。グランさんはわざわざ言うことはしないけれど、私がそうだったのだからグランさんは今でも思うことが沢山あるに違いない。
「一昔前の私達を思えば、落ち着いたといえば確かにそうだけれど……。今の状況が正しいのかどうかは、正直よく分からないな」
先ほどまでの楽しそうな姿は、苦々しい顔をしたグランさんの表情に完全に隠れてしまった。やっぱり踏み込まない方が良かっただろうかと後悔もしたけれど、久しぶりに聞いた気がするこの人の本心に、少し安堵したのも事実だ。
この街での私たちは、非常に良くしてもらっている。数年前、ここに辿り着いた私たちは家を用意してもらい、商売が出来るように取り持ってくれた。それは一見非常に喜ばしいことで、それ自体は感謝こそしているが……。なんの条件も無しに、ただの旅人にそんな好条件を寄越すわけがない。手放しに喜べるものではないということは、恐らくグランさんが一番よく分かっているはずだ。
とはいえ、私たちは今非常に好き勝手やらせてもらっている。わざわざ文句を言うような状況でも無かったりするのが、ここに留まるには十分な理由になってしまっている側面もあるのだ。
「……まあ、ここに来るために私はあそこを抜け出したんだ。言いたいことはあるにせよ、それは単に私の我が儘になってしまうから」
そう言って、グランさんは色とりどりのコンフェイトをじっと眺めながら。
「だから今は、何も言うつもりはないよ」
自分の心にフタをするように、グランさんは再び荷物を整理し始める。グランさんの手に持たれたコンフェイトの瓶がキラリと光を反射させたのが、なんだか非常に印象的で……。私はそれ以上、何も言えなくなってしまっていた。