足元に君はいない
今日は余計に、直接見ることが出来ない
「ねえ見てっ!これ新しく買ったの。雨傘って、雨の日にしか使えないでしょ?だから、雨の中を歩くのって好きなんだよねぇ」
待ち合わせ場所に赴いて一番最初に聞いたこいつの言葉は、確かこんな感じだった。
雨に打たれる傘の音が、何故かいつもより五月蝿く感じてしまうほど鳴り響いている。僕はただ黙って君の後ろを歩きながら、話を聞くことしか出来ないでいた。跳ね返る雨でズボンの裾まで濡れてしまった足下は、彼女のせいですっかり冷えきってしまっている。
正直、わざわざ雨の日に出掛けなくてもと僕は思っている。というより、それを口にはした。だけど、こいつの誘いをどうにも断れなかったのは、きっと雨の中を楽しそうに歩くこいつの姿が見たかったらなのかも知れない。などという恋愛的要素があれば良かったのかも知れないけれど、生憎そういう訳でもない。単純に断り切れなかったのだ。
「ちょっと、聞いてる?」
前を歩いていたそいつが振り向くと同時に、道路に少しだけ溜まった雨水が跳ねる。どうしてそれがかよく目に付いた。
「あ、ああ……」
「本当?さっきから足元しか見てないけど」
「……跳ねるんだよ、水が」
「雨なんだから当たり前でしょ?そんなこと気にする人だったっけ?」
「ほっとけ」
別に濡れても差し支えのない服ではあるし、濡れていようが何だろうが正直どうでもいい。ただ、どうしてかいつもより気になってしまうのは、ひょっとするとわりと新しい靴を履いてきてしまったからだろうか。そう考えれば、確かに気になるのも分かる。雨だと分かっていながらも、どうしてよりによって新調したばかりのそれを当たり前のように選んでしまったのだろうか。
「あ、ほらあそこほら。一度行ってみたかったの」
その言葉に、僕は初めて顔を上げた気がした。こいつが指を指した先にあるのは、最近この辺りに新しく出来たらしいカフェ。僕は出来たことに全然気付かなかったけど、やっぱりこういうのは男よりも女子の方がよく見ているのだろうか。
心なしか少し足早になったそいつの後を追って、店の前までたどり着く。肩を少し窄ませて濡れた傘を畳み、店の証明光を浴びながら中に入った。そいつが店員と数回の会話を繰り返してる間に僕の目についたのは、知らない間に肩に垂れたいくつもの水滴。それは、まるでそこが定位置であるかのようにシミをつくっていた。
僕の視線に気付いたのか、そいつはチラリと自分の肩を視界に入れる。よく見ると、肩にかかる髪の毛もしっとりと重くなっているようで、濡れた部分に優しく触れながら僕に向かってこう口にした。
「雨の日は好きだけど、やっぱり濡れちゃうと気になっちゃうね」
控えめに笑うそいつだったけど、店員に促されたお陰でそれはほんの数秒で終わりを告げる。その後ろを、何を言うでもなくついて回る道中、どうしても濡れた自分の足下を見てしまっていた。