電話越しは好きじゃない

小説

電話越しは好きじゃない

出来れば私は、あなたに直接逢いたい

 規則正しく鳴り響くのは、煩わしくも私を求めていた。それはまるで、私の仕事が終わるのを見計らったかのように上着のポケットの中から聞こえてきた。
 こんな時間に一体誰が……というにはまだ少し早いだろうか? いやしかし、辺りは既に街灯や車、看板やお店が照らす光に溢れている。既に会社の外に出ているわけなのだから、同僚や上司からの電話のような類いでは無いだろう。だが、例えば急なトラブルで私用電話にかかってくる、ということも否定は出来ない。社外で職場の人間になんて会いたくないし、正直なところ声も聞きたくない。それはもう、本当に。
 確率の低いもしもの出来事に思いを馳せすぎたのか、気付けば足の動きは止まっていた。恐る恐る、ポケットに入っている携帯に触れる。依然として止まる気配のないそれに、私は若干眉を歪めながらも画面を自身へと向けた。
 ……どうやら、私の考えていたこと全て不要な心配だったらしい。携帯画面に写し出されているその名前を見て、私はすぐさまその音をかき消した。

『ハロー、ハロー? ――……』

 電話越しに聞こえるそれは、私のよく知っている人で、よく知っている声。確かにそれはそうなのだけれど、そこには問題がひとつあった。

「あー……御免なさい、なんて?」

 機械によって少し曇り気味の言語は、確かに私の知る母国語だ。そうなのだけれど、ぎこちない発音の単語の数々に、私は酷く混乱した。
 電話を寄越してきた彼と私の生まれはそれぞれ別で、つまりは使っている言語に違いがある。彼は、私に出会って以来ここの言語を猛勉強していて、二度目に出会った時にはそれなりに会話が成立していたのはまだ記憶に新しい。どういうわけか、彼は私の言葉に合わせようと彼は必死だった。しかし、それでもまだかなり足りなかった。

『――? ――、――!』

 例え話に意味はないと分かってはいるものの、同じ国の隣街とかだったらどんなに良かっただろうと思うことは沢山ある。会話が成立していると言っても、そこに至るまでには当然時間がかかる。発音も文法も、私の知ってるそれとは程遠いのだからそれはそうだろう。
 でも、いつもだったらならそれなりに理解が出来る彼の片言な言葉が理解出来ない理由は、また別に存在する。

「ま、待って。えーっと……今日が、なに? ……う、ううん?」

 彼と一緒に居る場合、喋ると同時に身振り手振りで一生懸命に伝えてくるわけだ。それを見て、私は似たようなニュアンスな言葉に切り替えることも出来るし、それでも駄目だったら彼の母国語で答えようとする努力だってする。しかし、それが電話だとどうにも上手く出来なかった。
 電話というのは本当に煩わしくて、嫌な人の名前が出たときには見て見ぬふりをしてしまいたいし、そもそも此方の都合なんてお構い無しで連絡を取ろうとするのだから厄介だ。特に、声だけで相手を分かる努力をしないといけないだなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

「分かった、分かったわ。じゃあこうしましょう!」

 だから早く、この電話を終わらせてしまいたい。そう思ったのが最後、私は自分の一言で空気を変えた。その言葉が果たして彼に通じたのかは分からないけれど、何も聞こえてこなくなったのを、私はチャンスと捉えた。
 こうなれば、私が取る行動はただひとつ。

「……今から会って、話しませんか?」

 私は、私の使う言葉ではなく、彼に伝う言葉でそう問いかけた。

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