「本当に、会わないんですか……?」
「……会わないよ」
神崎さんの言葉はそればかりで、どうやら本当に橋下さんと会う気がないというのが伺えた。そうだというならこれ以上僕が何かを言うのはどうかと思うのだが……。
(いいのかな、それで……)
でも、本当にそれでいいのだろうか心のどこかで引っかかりがあり、こうして何度も同じ質問をしてしまっているわけである。別に神崎さんは橋下さんに会うためにここにいるわけではないのだろうけど、やっぱりあった方がいいんじゃないかと、僕はそう思うのだ。
「橋下さんのところ、行ったらいいじゃないですか」
置いていったはずの案内人さんの声が聞こえたのは、すぐ後のことだった。案内人さんはソファの背に腕を乗せており、心なしかどこか楽しそうに僕の目には映っていた。その姿に少し腹が立ったような気がしたが、原因はよく分からない。
「会ってみて、それでどうするか決めればいいんじゃないですか?」
そんなことを余りにも簡単に言うもんだから、神崎さんは尚、嫌そうな顔をしていた。
「……随分と簡単に言うんだな」どうやら神崎さんも、僕と同じ感想を持ったらしい。
「簡単なことですよ。まあ、会うことで生まれる後悔っていうのも確かにあると思いますけど」
少し、案内人さんの中で何かを思い出すかのような思案の間が生まれたのち。
「皆さんは多分、そうじゃないですよね」
恐らくは、僕らに最適な提案の繰り返しとも取れる発言をした。案内人さんの脳内で一体どういう会議が行われたのかは分からないが、この人が提示したものが正しいのだということが、神崎さんの醸し出す空気から伝わってきたような気がした。
神崎さんは何か言いたそうな顔をしながら、しかしだからと言って何か反論するわけでも肯定するわけでもなく、でも手で頭を触れるなど少々いや……かなり落ち着きがなかった。
「というか、ここでの相谷さんの我が儘を退けるんですか? 意外と人でなしですね」
「……人でなしか」
「そりゃあもう」
人でなし、とまでは僕は決して思っていないのだけれど、やっぱり僕は神崎さんに一緒に来てほしいし、最終的に断られてしまったら多少なりとも気が沈んでしまうだろうということは分かっている。本人が嫌と言うことを無理やり……というのは本意ではないし、これが僕の我が儘だと言われてしまったらそれだけの話なのだけれど。
案内人さんの言葉をうけて神崎さんはちらりと僕の方を見たのだが、すぐに視線を外されてしまった。
「悪いのは俺だな……」
神崎さんが一体何に対してそう思ったのかは、僕にはよく分からなかった。
「どいつもこいつも、我が儘言うのが遅すぎるんだよ」
何かに対して言っているというよりは、本当にただの独り言のようにそんなことを口にすると、神崎さんは再び案内人さんのほうに顔を向けた。
「屋上、そこの階段で行けますよ」
まだ行くとも行かないとも言っていないのに、案内人さんは屋上へ行く道を指し示した。すると神崎さんは、何を言うでもなくその方向へと僕を置いて進んでいく。案内人さんは「いってらっしゃーい」と軽く手を振り、僕には笑顔を向けていた(いつもそういう印象ではあるのだけど)。
神崎さんの姿が見えなくなってしまう前に、僕は案内人さんの前を通り過ぎ、後を追った。僕と神崎さんだけだと、沈黙がとても長く感じた。
案内人さんの姿が見えなくなってすぐ。やっぱり無理矢理だっただろうかなどと考えていると、神崎さんがこんなことを言った。
「あの案内人……一緒に居ると考えてること言い当ててくるから嫌なんだよな」
誰かに何か文句を言う神崎さんを見たのは、なんだか久しぶりな気がする。